フランス・ルネサンスの書物で宝探し

法学部准教授

岩下 綾


 私の専門分野は、16世紀のフランス文学です。特にフランソワ・ラブレーの散文作品を、修辞学・文体論の側面から読んでいます。よくラブレーの作品は「民衆的」と言われます。ミハイル・バフチンによる評論の影響が大きいのだろうと思いますが、実は生まれも育ちも、また職場環境に関しても、当時の有力者に近い位置にいたことが分かっています。ラブレーの活動時期は16世紀前半ですが、16世紀は火薬・羅針盤・活版印刷の発明された時代で、後半になると宗教戦争が激化します。政治と宗教が密接に関連している時代に、有力者の近くにいるということは、自ずとこうした時事問題を深く反映した作品を書くことになります。したがって、それを読み解くとなると、同時代の有力者の勢力図、支配構造、派閥のメンバー構成とその変遷、別グループとの接触の機会、さらには国外逃亡、スパイ活動等々、人々の動きを調査して作品執筆時期と照合する作業があり、現存する多くはない資料と先行研究からテキストの意味合いを探っていくのは、非常にスリリングな体験です。
 研究を始めた時から関心を持っているのが、ラブレーの「書き方」です。物語の途中にいくつも折り重なる挿話があったり、架空の本のタイトルや料理の名前が長大なリストになって登場したり、この書き方はいったい何なのだろう、と思ったのが研究の出発点です。形式やモチーフの源を探るうちに、「カーニバル」的な描写が鏤められた奇妙奇天烈な物語の中に、同時代にフランス国内外で書かれた作品だけでなく、古代ギリシャ・ローマの物語、神話、聖人伝、民間伝承など、文化と思想と人間が生きていると起こるであろう数多の現象が盛り込まれていて、それらを提示する手法も一筋縄ではいかないことがわかりました。既存の素材を自分流にアレンジして「神話(ミトロジー)」を創作し、同時代の人々に問うということは、人文主義者と呼ばれる知識人が行っていた活動の一つだったようです。こうしてレオナルド・ダ・ヴィンチやエラスムスやギヨーム・ビュデを生み出した時代の果てしなく深くて豊かな教養をベースに、高度に暗号化されたテキストができていくわけです。教養の達人、知の巨人たちが、どのように当時の社会問題に取り組んできたのか、人間の営為をどのように捉えていたのか、ということを修辞学と文体論を解読格子にして、彼らが命をかけて著した文章から学びたいと思っています。
 ここ数年は、文学と視覚芸術とのつながりに関心を持って、描写テキストの読解をしています。当時の人文主義者サークルや交友関係をもとに、人間同士の交流と作品間の影響関係を調査するために、フランスへ行って、現存する書物、版画、建築物の取材をしたり、学会活動をしたり、ということをしばしば行っています。研究対象は約500年も昔のことですが、未発見のものも残っていて、宝探しは尽きません。各国から集まる研究者たちと交流をし、古くて新しい知見を得ながら、16世紀と現代の「神話(ミトロジー)」について考えています。


シャンボール城(岩下撮影)

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