グローバル化の進展と国際私法
北澤安紀 教授

法律学科教授(国際私法)

北澤 安紀

 グローバル化の進展により、私たちは国外の人々と直接結びつき、やり取りする時代になりました。それに伴い、個人や企業をめぐる国境を越えた法的な紛争が日々生じています。このような個人や企業に関する国際的な法律問題を解決するのが国際私法という法分野です。
 日本の企業同士が日本で契約を結ぶ場合や日本人同士が日本で結婚する場合のように日本の中だけで展開している問題には日本の民法が適用されますが、国際私法の対象となるのは国際的な法律問題であるため、特別な処理が必要となります。日本の企業と外国の企業が締結した契約をめぐる紛争については、どこの国の裁判所に訴えを提起したらよいのか、また、適用されるのは、日本の民法なのか、外国の民法なのか、それらを決める基準について定めているのが国際私法です。
 国際私法に精通し、国際的な事件の紛争処理を担うのが渉外弁護士です。実際に生じている紛争として、例えば、日本のアニメや漫画の著作権が外国で侵害された場合や、海外企業を介して暗号資産取引が行われトラブルが生じた場合に、権利者をどのように保護するかが問題となります。最近では、国際結婚が破綻した場合の、夫婦間での子の奪い合いに関するハーグ条約関連の紛争も増えてきました。このような紛争の処理だけではなく、国際結婚をしたいカップルは婚姻届をどこの国に提出したらよいか、結婚するときの条件はどちらの国の民法にしたがえばよいかという問題もあります。また、日本の企業が外国の企業と契約を結ぶ場合には、将来の紛争に備えて、どこの国の裁判所に訴訟を提起するのか、どこの国の民法を適用して事件を処理するのかをあらかじめ契約書の中で合意しておくことがあります。
 国際私法は、個人や企業が、国境や、各国の民法の違いを意識せずにグローバルに活動できることを理想としています。この理想を実現するために、国際私法はある事件についてどこの国の裁判所で訴えが提起されようとも、同様の判決が下され、同じ結論になる、すなわち、各国での紛争解決の一致を目指しています。そのためには、時代の変化に対応しつつ、諸外国の国際私法立法の動向にたえず目を向け、日本の国際私法のあるべき姿について常に再考し検討する必要があります。

師匠を探せ!そしてまずは1科目を制覇せよ!

法律学科教授(憲法、言論法)

駒村 圭吾

 日吉で憲法(総論・人権)を担当しています。必修ですので、みなさんが、法律学科に入学されると2分の1の確率で私の授業を履修することになります(笑)。1年次配当の必修系の法律科目を担当するのは、新しい新入部員を迎えるクラブの主将のような気分でとてもワクワクして楽しいのですが、同時に、その責任の大きさに毎年身がひきしまる思いになります。1年次の必修は、学部生が出会う「最初の法学の世界」であり、この出会いがうまくいくかどうかで学部での4年間が決定されるからです。法学が好きになるのも嫌いになるのも、この出会い次第なので、必修科目担当教員の責任は限りなく重いのです。
 みなさんが最初にその扉をたたくのは、民法、刑法、憲法の基本3法です。民法は、ヨーロッパとりわけフランスの香りがする法律です。私たちの日常生活のほぼすべてを規律する法律で、人と物に関する神羅万象が詰め込まれた重要法典です。
 刑法は、罪と罰に関する法律で、生々しいリアルな事例を扱います。しかし、生々しさやおどろおどろしさも吹っ飛ぶような峻厳で冷徹なドイツ流の論理と哲学で、問題を料理してくれます。法律学に素人を寄せ付けないロジックを期待する学部生は、たいてい刑法好きになります。
 さて、私が担当する憲法は「政治や権力を規律する法」です。政治も権力も、取引や契約という日常とも、犯罪や刑罰という非日常とも、若者にとっては馴染みが薄く、大きく距離のある抽象的な世界のように見えます。しかし、実は、政治も権力も、極めて深刻なリアリティを持つ劇的な現象です。戦争や殺戮が、ウクライナやパレスチナの惨劇のように、これほど日常的に報道されることがあったでしょうか。金権体質や腐敗の構造が政治関連ニュースにならない日はありません。21世紀の現在でも、尊厳を認められずに社会から排除された人たちはたくさんいます。
 そう、憲法は、政治や権力がリアルな話題であることを知るためにも、大学生には必須の教養なのです。また、「世界を知りたい、社会を理解したい」という学部生にとっては世界や社会を見通すためのフレームワークを提供するのも憲法の授業の重要な役割です。
 ここで、みなさんにアドバイスです。上に見たように、民法、刑法、憲法の3科目だけとっても、それぞれ違いがあります。しかし、そうであっても、法学である以上、どこか共通する部分も多くあります。判例を大事にすること、条文の言葉にこだわること、法的三段論法という「作法」や「型(カタ)」があること、等々。これらは法学一般の鉄則ですので、科目の違いを超えて、身に着けていただきたいと思います。
 ですので、まずは1科目を制覇しましょう。自分の興味をそそる科目、自分が気に入った教員、理由は何でもいいので、とにかく1科目を定め、徹底的に付き合い、しっかりノートをとってみてください。他の科目にも通用する作法が身に着いているはずです。その意味では、法学はどの入り口から入ってもおなじところに行きつく学問です。



まずは「憲法」「民法」「刑法」から

法律学科教授(憲法)

小山 剛

日吉で学ぶ法律科目

日本にいくつの法律があるか、知っていますか。2000弱だとされています。政令、省令、規則などを加えると、その数は8000を超えます。もちろん、そのすべてを学ぶわけではありません。1年次の最初に学ぶのは、憲法、民法、刑法です。法律(学)を体系的に学ぶうえで、基本となる法典です。民法がわからないと「契約」や「不法行為」といった社会の基本的な仕組みを理解しないままに法学部の4年間を過ごすことになりますし、さらには会社法、経済法といった花形の分野も珍紛漢紛で終わってしまいます。また、刑罰は、「刑法」という名の法律の中でだけ定められているのではなく、道路交通法、独占禁止法、金融商品取引法や青少年保護育成条例などでも定められています。これらの法令を理解するには刑法の知識が前提となります。

憲法とは

私が担当するのは、憲法です。近代憲法には、人権保障と権力分立(統治)という二つの柱があります。1年次は人権、2年次は統治を中心に学びます。国家が侵してはならない自由を保障し、独裁者が登場しないように権力を分立する最高法規であるため、「憲法は国家権力を縛る法である」と言われます。 法律学で重要なのは、事例を通して具体的に考えることです。ただし、事例ばかりだと「木を見て森を見ず」に陥ります。講義では、具体的事例と一般的な理論の間の視線の往復を心がけています。また、大教室の講義は一方通行になりがちですが、まだ裁判になっていない最新の事件や、最高裁判決が近日中に予定されている事件を題材にした事例問題を取り上げ、学生にディベートをさせることもあります。とくに人権は、判例・裁判例も数多くあり、テーマ的にも、ヘイトスピーチ、夫婦別姓など、現在進行形の話題が含まれています。興味をもって学べるでしょう。 さて、民法は内科、刑法は外科にたとえられることがありますが、憲法は何にたとえられると思いますか。答えは自分で探してください。



「古くて新しい」国際刑事法

法律学科教授(国際刑事法)

フィリップ・オステン

国際刑事法とは何か?

国際刑事法は、日本では講座が設置されている大学がまだ少なく、慶應義塾でしか学べない科目の一つであるといえます。国際刑事法には、広義の国際刑法と狭義の国際刑法という二つの側面があります。前者は、「国際法の刑事法的側面」(国際社会全体の関心事たる「中核犯罪」の訴追・処罰など)、後者は、「国内刑事法の国際的側面」(刑法の場所的適用範囲、刑事事件における外国との協力など)を扱う学問領域です。

広義の国際刑法――戦争犯罪・国際法廷と日本

広義の国際刑法では、ナチス・ドイツによるホロコーストや日本の戦時中の犯罪とその後のニュルンベルク裁判・東京裁判、冷戦後の旧ユーゴスラヴィアやルワンダにおける虐殺、現在ニュースを賑わせているいわゆる「イスラム国」など、最も重大な犯罪である中核犯罪――ジェノサイド罪・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪――の責任者をどのように訴追・処罰すれば良いのか、という難題を扱います。2002年に創設された国際刑事裁判所(ICC)では、目下、コンゴ民主共和国やスーダン・ダルフール地方などにおいて発生した事件の審理が進められており、2014年には上訴審で有罪判決が初めて確定しました。そんな中、2007年にICCに加盟した日本は、これまでのところあまり存在感を示せていません。本授業では、戦後に東京裁判を経験した日本だからこそできる貢献についても考えます。

狭義の国際刑法――刑事司法のグローバル化

狭義の国際刑法では、日本人が海外で遭遇する犯罪や日本での外国人犯罪を題材に、刑法の適用範囲の問題から、犯罪人の引渡し、外国との捜査協力、受刑者の母国への移送に至るまで、幅広く勉強します。加速度的にグローバル化が進行している現在、従来の刑事司法制度では対応しきれない問題が数多く生じています。インターネットを利用した犯罪や外国人被疑者の国外逃亡の問題などがその最たる例です。このような問題を抱える日本の刑事司法はどのような変革を遂げていくべきか――授業に参加している全員でアイディアを出し合います。



会社に関わる人たちを調整するルール

法律学科教授(会社法)

杉田 貴洋

会社法とは?

商売を始めるには、ふつう、店舗、機械、設備などを調えるために"先立つもの"が、それもまとまった資金が、必要になります。一人ではなかなか必要な資金を賄いきれないとすると、ほかの人と資金を出し合って、共同して商売を始めることになるでしょう。そのようにしてできた出資者の仲間(カンパニー)の団体を一つの企業主体として、あたかも社会における一人の人(法人)としてその活動を認める仕組みが会社の制度です。 会社法は、会社に関わる者の間で利害が対立する場合に、それを調整するルールを定めるものです。例えば、会社の経営が傾いて銀行や取引先への借金の返済が滞ることになれば、出資者の責任が問われることになります。会社には、株式会社や合名会社など4種類がありますが、その区別は、主として出資者が会社債権者にどのような責任を負うかによってなされます。 株式会社では、株主(株式会社の出資者)には会社の経営権限が認められておらず、株主総会で選んだ取締役に会社の経営が委ねられます。これは、株式会社に特に認められているもので、経営の専門家に会社の運営を任せ、効率的な経営を実現できるメリットがあります。しかし他方で、取締役の怠慢によって株主の利益がないがしろにされるかもしれません。取締役が違法な手段を用いて手っ取り早く金儲けをしようとするおそれもあります。そこで、取締役をチェックする権限を有する機関として監査役や会計監査人といった制度が用意されています。分裂しがちな、株主の利益と取締役の利益とをできるだけ一致させるような工夫も求められます。

会社法とコーポレート・ガバナンス

取締役に、法に遵った経営をさせつつ、同時にいかに効率性を追求させるかが、いわゆるコーポレート・ガバナンスの問題です。これには、会社法上いかに制度設計するかという立法の問題と、会社法のルールを前提にいかに運用するかという問題とがあります。一国の経済力にも関わる重要な課題です。



時代の変化と刑法

法律学科教授(刑法)

佐藤 拓磨

社会の秩序を維持するためには、罪を犯した者に対して適切な処罰を加えることが必要です。他方で、どのような行為が犯罪として処罰されるのかがわからなければ、市民は常に処罰の恐怖におびえなければならず、安心して生活することができません。そのため、刑法には、あらかじめ法律に犯罪として定められた行為でなければ処罰することができないというルールがあります。しかし、時代は激しく変化しますので、どうしても、法律を作った時には想定できなかった事象が起こります。以前に、話題となった例として、元交際相手の自動車にGPSを密かに取り付けてその動向を探る行為がストーカー規制法上の「住居等の付近において見張り」に当たるかが問題となった事件がありました。GPS機器を誰でも容易に入手できるようになったことから、このような事件が生じたのです。

こうした、立法当時には想定していなかった事件が発生した場合、条文の文言、条文の趣旨、立法経緯などを考慮しながら、その行為を処罰するのが合理的といえるかどうかを判断する必要が生じます。法律の解釈・適用は六法や判例集が手元にあれば簡単にできると思われるかもしれませんが、実はそうではありません。ときにはその判断をめぐって複数の立場が対立し、激しい議論の応酬がなされます。

時代の変化に対応するためには、当然、適宜・適切な法改正や立法も必要です。最近、大きな注目を集めているのが、性犯罪に関する刑法の規定の改正です。性犯罪については、被害者の心理や被害の実態に関する研究が進んだことなどにより、社会の受け止め方が大きく変化しました。そのため、世界各国で規定の見直しが行われています。日本でも2017年と2023年に大きな改正が行われましたが、それでもまだ不十分だという意見もあります。このように、隣接学問分野の研究成果、社会の価値観の変化、諸外国の動向などに目を配りつつ、あるべき法制度の姿を考えるのも法律家の重要な役割といえるのです。



AIと法

法律学科教授(法哲学)

大屋 雄裕

たとえば完全な自動運転車が事故を起こしたとして、被害者に対する損害賠償責任は誰が負うべきなのでしょうか。データを誤って学習したことが原因だったとして、車自体やそこに搭載されたAIを処罰することに意味はあるでしょうか。レントゲン写真を分析するAIが癌の影を見落とし、担当医師もその見落としを見落としたという場合はどうでしょうか。 これらはいずれも、いまはまだないが近いうちに実現するだろう技術に関する問題です。現時点の刑法や民法といった実定法をうまく適用することができるのか、適用できたとしてその結果が望ましいものになり我々も納得するものになるのかもよくわかりません。それでも技術進化の方向性を想像し、確実にくるだろう「その日」に備えて適切な結果を導くための法制度をデザインしておくことが社会的に求められているのです。私も、多くのAI研究者や技術者とともにその作業をお手伝いしています。
「世界が根本的に変わる」「これまでの法制度は無用になる」といった声は常に聞かれます。しかし社会や技術の進化に対応して自らの姿を変え続けてきたのが、共和政ローマで作られた十二表法以来、2500年に及ぶ法の歴史です。そこで生み出されてきた理念や概念は、これからの世界を想像し、それにふさわしい制度を創造するためにも役立つでしょう。過去に学び、未来を創り出すことが求められているのです。



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