憲法に定められている基本的な考え方(例えば、人権保障や権力分立)は、これまでの歴史の中で蓄積されてきた法的・政治的な英知と賢慮に依拠しています。具体的にみると、日本国憲法でも定められている様々な自由は、中世身分制社会の中にあった様々な不自由(移動の制限、職業選択の制限、信教の制限など)の反作用であるといえます。また、生存権や労働に関する諸権利は、産業革命期の苛烈な生活・労働環境に対するアンチテーゼとして形成されてきました。20世紀末には環境保護を憲法で定めるかが議論され、すでに多くの国の憲法で環境保護条項が導入されています。最近では、個人情報の保護が欧州基本権憲章に規定されたり、巨大プラットフォーム(GAFA)やAI技術からの保護が憲法上のテーマとして議論されたりしています。
このように憲法は、その時々の国家・社会の課題を取り込んで発展してきました。立憲主義という考え方は、常にアップデートされています。もっとも、それが各国の憲法に反映されるかはまた別問題ですし、仮に憲法に導入するとなった際には、どのような条文形式を採用するかを検討する必要があります。

そのような憲法のフロンティアを開拓するためには、世界の憲法情勢をウォッチし、諸外国の憲法と日本国憲法を比較検討する必要があります。私自身は、ドイツに留学した経験から、ドイツ憲法を中心に憲法比較を行っています。国内では、30年以上続く「ドイツ憲法判例研究会」において、ドイツ連邦憲法裁判所の最新判例を検討しています。また、日独の憲法研究者が集まって開催される「日独憲法対話」や、慶應義塾大学とザールラント大学との研究交流シンポジウムである「ザール・ターゲ」などにも参加しています。憲法の基本理念は欧米由来のものであり、明治以来の「海外輸入」に頼る面は今なお少なくありませんが、今日ではむしろ、対等な対話や主体的な学術的貢献が求められています。
憲法は、単に紙に書かれた歴史的文書なのではなく、実際に適用される生きた法規範であって、その時々を生きる国民が納得できる国家統治のためには、憲法理論・憲法解釈論のアップデートは不可欠です。憲法のレガシーを受け継いでいる我々にも、世界の情勢や社会の変遷をキャッチアップして、憲法のフロンティアを開拓することが求められています。




