私が専門とする行政学は、行政組織や公務員を研究対象にした学問分野です。行政と一口に言っても、その仕事は千差万別です。国の政策を立案する各省庁の官僚から、地域の市役所の職員、街の安全を守る警察官のような身近な仕事まで、その全てが行政学の研究対象です。行政組織を対象とした研究ならばどのような研究も行政学の研究であるということができるかもしれません。
行政学には多種多様な研究がありますが、ひどく大雑把に整理するならば、主に2つの問題関心から行政の研究に取り組んでいます。
行政学の第一の問題関心は、行政組織の活動の解明です。行政組織は特に政策の形成過程において、政治家を助け政策案を提示する重要な役割を担っています。巨大な官僚機構である行政組織がどのような影響力を発揮しているのか、その行動原理や政治家との関係を解明することは重要な研究課題です。政治学との重なりの大きい問題関心と言えるかもしれません。
第二の問題関心は、行政組織の能率を高める方法の解明です。業務をどのように分業すると効率がよいか、どのような人事評価制度を用いると職員の意欲が高まるかといった組織のマネジメントに関する研究は、行政学が誕生した頃からの研究課題です。研究の対象は行政組織と民間企業で異なりますが、経営学に近い側面がある実践志向の問題関心と言えるでしょう。学問と実務の世界との距離の近さは、社会科学としての行政学の大きな特徴です。
私は行政学の中でも、公務員の人事管理の研究を専門としています。かつては終身雇用で安定した職業とみられることも多かった公務員ですが、昨今は国・地方ともに、長時間労働や、若手・中堅の早期退職、就職先としての人気の低下が問題になっています。特に霞が関の各府省の長時間労働は有名で、ニュースの報道で目にされる方も多いことでしょう。
そもそも、公務員は民間に比べれば安定した雇用環境であるにもかかわらず、なぜ過労死ラインを超えるほど熱心に働く職員が多いのでしょうか?行政学では、昇進・給与や業務分担の仕組みの分析から、職員が熱心に働く人事管理のメカニズムを解明する研究が数多く蓄積されてきました。こうした研究の蓄積は、官僚の働き方を改革するための制度設計に際して、有用な参考情報となり実社会の改善につながります。
私自身は(あえて最近流行りの呼び方で言うならば)ジョブ型の公務員制度の実態の解明、特に幹部公務員の中途採用の研究に取り組んできました。行政組織には民間にはない政府特有の仕事も多く、人材の内部育成と長期雇用にはそれなりの妥当性があります。一方、イギリスのように、上級公務員の2割程度が政府外から採用されているジョブ型の国々もあります。近年は日本でも民間経験のある公務員が増えてきていますが、政府に慣れていない民間からの人材がどのように活用されているのか、行政組織の仕事ぶりの向上につながっているのかを解明することは、社会にとって重要な研究課題であると考えています。
学問的な研究成果が学術の世界に留まらず、時として行政組織の改善につながり、ひいては市民の方々の生活の向上につながる(可能性がある)ところは、行政の研究の大きな魅力です。