昆虫社会のしくみと進化の謎を解く

法学部専任講師

林 良信


 地球上にはたくさんの種類の生物がいますが、その中には社会を作って生活しているものがいます。真社会性昆虫と呼ばれるミツバチやアリ、シロアリなどは、特に複雑な社会を作ることで知られています。私は主にシロアリを研究対象として、それらがどのように社会を作っているのか、そして、それらの社会がどのように進化してきたのかを研究しています。

「超個体」の形成

 シロアリは同種の個体が集まって社会を形成し、分業を行います。この分業において、社会の中のそれぞれの個体は体の形や行動、生理状態を特殊化させ、特定の仕事を効率的に行えるようにしています。例えば、女王・王アリは卵巣または精巣などの生殖器官を発達させて生殖に専念し、餌は働きアリから口移しでもらっています。兵隊アリは外敵と戦うために口器の一部(大顎)が牙のようになる一方で、生殖器官は発達せず、生殖は行いません。また兵隊アリは、口器の変形のために自分で餌をかじることができず、働きアリから口移しで餌をもらいます。働きアリは、採餌や給餌、若虫の世話、巣の構築など様々な仕事をしますが、生殖はしません。シロアリの各個体は体が特殊化し過ぎているため、もはや単独で生きていくことはできません。相互に補完し合って、社会の一員として生きています。


シロアリの様々な個体

 シロアリの社会は異なる機能を果たす個体の集合体であり、それらが集合することで初めて、単独性生物の一個体が有する機能がすべて揃います。シロアリ社会の構成個体は、種によっては数百万個体にも上る数になりますが、緊密な連携によって見事に統制された集団的挙動を示します。その挙動は、まるで一個体の生物であるかのようにみえます。このため、シロアリの社会は単なる集団や群れではなく「超個体」と表現されます。

統制された個体同士の協力行動は大きな相乗効果を生み出し、結果として超個体は驚くべき生産性を発揮します。この高い生産性のため、シロアリは地球上での繁栄に成功しています。


セイドウ(聖堂)シロアリのアリ塚。
体長数ミリメートルの小さなシロアリが、
巣仲間と協力することで5メートルにも達する巨大な塚を作り上げてしまう。
超個体パワー、おそるべし。

カースト分化の謎

 シロアリの超個体(社会)形成において不可欠であるのが「カースト」の存在です。女王・王アリや働きアリ、兵隊アリなど、特定の役割を担う個体のグループをカーストといいます。シロアリの個々体は生まれたときは皆同じ形をしていますが、その後の成長の過程で体が変化し、あるものは働きアリに分化し、またあるものは兵隊アリに分化するといったように、「カースト分化」が起こります。個々体のカースト分化が適切に制御されることで、シロアリ社会においてバランスのとれたカースト比率、すなわち、効率的な分業システムが実現されます。

では、各個体のカーストはどのように決まるのでしょうか?私はこの問題に取り組み、「遺伝」や「女王が発するフェロモン」の影響でカーストが決定されることを明らかにしました。しかし、すべてが明らかになったわけではありません。どのような遺伝子が個体のカーストの決定に関わるのか?その遺伝子はどのくらいカースト決定に影響するのか?女王のフェロモンはどのような物質か?このほか、分かっていないことはまだまだあります。私はこれらの謎を一つ一つ解き明かしていきたいと考えています。

DNAから読み解く社会の進化

 DNA(デオキシリボ核酸)は生物が持つ遺伝物質であり、膨大な量の遺伝情報を保持しています。DNAは「生命の設計図」と呼ばれるように、生物を形作るために必要な情報が書き込まれています。そのため、DNAの遺伝情報を解析することでその生物の知られざる特徴も明らかになります。複数の生物種の遺伝情報を比較すると、それらの違いとともに、どのような特徴の進化が生物種ごとに生じたのかを明らかにすることができます。

 真社会性昆虫であるシロアリは、単独性の祖先昆虫から亜社会性の祖先昆虫(子育てをするという特徴をもつ)を経て進化してきました。では、それら祖先昆虫のどのような特徴が進化したことで真社会性のシロアリが誕生したのか?私はこの問いに答えるため、シロアリなどの遺伝情報の解析を行っています。膨大な量の遺伝情報の解析は簡単ではありませんが、この解析によってシロアリ社会の進化過程を明らかにしたいと考えています。

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