デジタル経済における経済法の規制の研究

法律学科准教授

渕川 和彦


慶應義塾大学で経済法を学ぶ意義

 福澤諭吉先生はチェンバーズの経済書を翻訳される際に、「Competition」を「競争」と訳されました。当時の徳川政府から「争」という字が穏やかでないと指摘されたところ、福澤諭吉先生は「互いに競い争う」ことではじめて物価や金利が定まることは自然なことであることを説いたとされています。経済法は、公正で自由な「競争」を促進し、そして消費者の権利を確保する法律の総称です。中でも、経済活動の基本法である独占禁止法(「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」)は、経済憲法とも称され、経済法の中核をなす法律です。慶應義塾大学の経済法研究者は、戦後から経済法という新たな法分野の創生・発展に深く携わっており、経済法を学ぶことは、慶應義塾大学の歴史と伝統に触れることでもあるといえます。

経済法とはどういう法分野なのか

 経済法は経済活動とともに展開するダイナミックな法律です。経済法、その中でも中心的な役割を占める独占禁止法は、例えば、GAMAM(Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoft)等の巨大IT企業による競争事業者や新規参入者の排除や、AIアルゴリズムを用いた価格カルテルの問題など、目まぐるしく技術革新が進むデジタル経済を規制しています。

 経済活動の動きは早く、法律による規制は後追いにならざるを得ません。特に巨大IT企業は、基本動作ソフトウェア(OS)、ブラウザ、オンラインモール、アプリストア等、相互に関係しあう複数のサービスを提供しており、自然界の生態系になぞらえて、「デジタル・エコシステム」を構築しているといわれています。その結果、これらのサービスの利用者はそれぞれのデジタル・エコシステムに囲い込まれ、新たなサービスを提供しようとする事業者が排除されてしまうという現象が生じています。日本では、こうした問題に対処するべく、独占禁止法に加えて、オンラインモール及びアプリストア等における取引の透明性及び公正性を図る「取引透明化法」(「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」)、スマートフォンの利用に必要なOS、アプリストア、ブラウザ等に係る公正かつ自由な競争を促進する「スマートフォン・ソフトウェア競争促進法」(「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」)が制定されています。日本は、EUの「デジタル市場法(Digital Markets Act)」等に並んで、世界における最先端の法律を有しており、デジタル経済における経済法の規制において世界をリードしています。私はこのような巨大IT企業を中心としたデジタル経済における経済法の規制やAIアルゴリズムの利用による経済法上の問題を研究しています。

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