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法律学科

1年生からの法律学

法律の「今の姿」を学ぶ将来の「あるべき姿」を考える

法律学科 准教授(刑法)薮中悠(やぶなか ゆう)先生

基礎となる憲法・民法・刑法

入学してすぐの1年次には法律学の基礎をなす憲法・民法・刑法を学習します。人権や契約、犯罪などをめぐる基本概念、個々の条文の内容、実際の事件における裁判所の判断などを1つ1つ学ぶだけではなく、それぞれの基礎にある理論・考え方もあわせて理解します。これにより、問題を法的に分析し、対立する利害関係を適切に調整して、理論的にも一貫した、説得的な結論を導く思考力を身につけます。
このような法的知識や思考力は、2年次以降に学習する行政法や商法、経済法、労働法、国際法などの理解の基礎となります。私が担当している刑法を例にしますと、1・2年次に刑法で犯罪と刑罰の内容について学び、その後、たとえば刑事訴訟法では、犯罪の捜査や犯罪の成否を争う刑事裁判のルールについて学びます。

刑法で学ぶ内容

犯罪の報道は(残念ながら)毎日のように目にしますし、故意や正当防衛など刑法上のテーマを題材とした刑事ドラマや推理小説があることもあって、刑法で学ぶ内容についてはすでに一定のイメージを持っている人も多いかもしれません。
内容の一端を紹介すると、たとえば、XがAを殺そうとして発砲したが、弾丸が逸れて、偶然通りかかったBに当たりBが死亡したという場合に、Bに対しても殺人罪が成立するのか、せいぜい過失犯が成立するだけなのかが議論されています。ここでは、なぜ故意が犯罪の成立要件の1つとして必要とされているのかなどが問われます。
また、近時は、性犯罪や振り込め詐欺への刑法的対応のあり方、自動運転をめぐる刑事責任、サイバー犯罪対策なども検討課題となっています。

隣接学問分野への関心

刑法に限らず、法律学の学習が進むと、その法律の「今の姿」に疑問を抱き、より相応しい「あるべき姿」を考える、そんな瞬間が訪れるはずです。
そのときには、「今の姿」に至った歴史的経緯や、他国における問題の解決方法が考察のヒントを提供してくれることがあります。そして、それらを調べる過程で、法制史や他国の言語・文化についてもより深く知りたくなるでしょう。
また、法律学は人や社会を対象としています。学習を進めるうちに、同じく人や社会を対象とする学問である哲学や心理学、経済学、政治学、行政学などにも関心が生じると思います。
このような隣接学問分野への幅の広い知的好奇心・探究心を満たしてくれる科目も日吉でみなさんを待っています。


「法的思考」を身につけよう

法律学科 民法 丸山絵美子(まるやまえみこ)先生

法を通じて学ぶこと

法を学ぶ意義はどこにあるのでしょうか。もちろん、紛争解決やサンクションに関するルールを知って行動できるようになるという実践的な意義があります。しかし、法を学ぶ意義はこれに尽きません。たとえば、論理的に考察する能力を修得するという意義もあります。筋の通った説明ができる能力は、様々な場面で説得的な議論を仲間たちと行い納得による解決をもたらすことを可能とするでしょう。また、法を学ぶことによって、社会で起きている問題に敏感となり、多面的な視点をもって議論に参画できるようにもなるでしょう。1年次には、憲法、民法、刑法を学びます。「ヘイトスピーチと表現の自由」、「成年年齢引き下げと契約」、「サイバー犯罪と実効的対策」…どのようなトピックに皆さんは関心を抱くでしょうか。精緻な法的知識と論理的思考能力に基づき法的な問題について考えていくことなります。

生身の人間と向き合う

私が専門とする民法を素材に少しだけ具体的な学びをイメージしてみましょう。国家の基本法である憲法、犯罪事件で注目される刑法に比べ、民法は馴染みが薄いかもしれません。民法は、「人」の間で生じる私的な法律関係を扱う法律で、最先端のビジネスから親子問題にまで関連します。「80歳のお年寄りが訪問販売員から大量の着物を購入し老後の蓄え3000万円をつかってしまった」という事件が起こったとしましょう。「契約は守らなければならない」ので、やめられないのが原則です。でも、このお年寄りが認知症を患っていたら?訪問販売員が詐欺をしていたら?どうでしょうか。民法の授業では、この一つの事件に関連する様々なルールを学んだうえ、事件解決を考えるにあたっては、登場人物が生身の人間であることに向き合っていくことになります。
法の学習は、憲法、民法、刑法から商法、行政法、社会法、国際法などに広がり、法制史・法理学などに深く潜っていきますが、人間・社会と向き合うという点は共通します。知識の獲得を超えた学びに挑みましょう。


まずは「憲法」「民法」「刑法」から

法律学科 憲法(総論・人権)小山剛(こやま・ごう) 先生

法律学科 憲法(総論・人権)小山剛(こやま・ごう) 先生

日吉で学ぶ法律科目

日本にいくつの法律があるか、知っていますか。2000弱だとされています。政令、省令、規則などを加えると、その数は8000を超えます。もちろん、そのすべてを学ぶわけではありません。1年次の最初に学ぶのは、憲法、民法、刑法です。法律(学)を体系的に学ぶうえで、基本となる法典です。民法がわからないと「契約」や「不法行為」といった社会の基本的な仕組みを理解しないままに法学部の4年間を過ごすことになりますし、さらには会社法、経済法といった花形の分野も珍紛漢紛で終わってしまいます。また、刑罰は、「刑法」という名の法律の中でだけ定められているのではなく、道路交通法、独占禁止法、金融商品取引法や青少年保護育成条例などでも定められています。これらの法令を理解するには刑法の知識が前提となります。

憲法とは

私が担当するのは、憲法です。近代憲法には、人権保障と権力分立(統治)という二つの柱があります。1年次は人権、2年次は統治を中心に学びます。国家が侵してはならない自由を保障し、独裁者が登場しないように権力を分立する最高法規であるため、「憲法は国家権力を縛る法である」と言われます。
法律学で重要なのは、事例を通して具体的に考えることです。ただし、事例ばかりだと「木を見て森を見ず」に陥ります。講義では、具体的事例と一般的な理論の間の視線の往復を心がけています。また、大教室の講義は一方通行になりがちですが、まだ裁判になっていない最新の事件や、最高裁判決が近日中に予定されている事件を題材にした事例問題を取り上げ、学生にディベートをさせることもあります。とくに人権は、判例・裁判例も数多くあり、テーマ的にも、ヘイトスピーチ、夫婦別姓など、現在進行形の話題が含まれています。興味をもって学べるでしょう。
さて、民法は内科、刑法は外科にたとえられることがありますが、憲法は何にたとえられると思いますか。答えは自分で探してください。


3・4年生の授業 国際刑事法

「古くて新しい」国際刑事法

フィリップ・オステン教授
担当授業:国際刑事法


フィリップ・オステン教授

国際刑事法とは何か?

国際刑事法は、日本では講座が設置されている大学がまだ少なく、慶應義塾でしか学べない科目の一つであるといえます。国際刑事法には、広義の国際刑法と狭義の国際刑法という二つの側面があります。前者は、「国際法の刑事法的側面」(国際社会全体の関心事たる「中核犯罪」の訴追・処罰など)、後者は、「国内刑事法の国際的側面」(刑法の場所的適用範囲、刑事事件における外国との協力など)を扱う学問領域です。

広義の国際刑法――戦争犯罪・国際法廷と日本

広義の国際刑法では、ナチス・ドイツによるホロコーストや日本の戦時中の犯罪とその後のニュルンベルク裁判・東京裁判、冷戦後の旧ユーゴスラヴィアやルワンダにおける虐殺、現在ニュースを賑わせているいわゆる「イスラム国」など、最も重大な犯罪である中核犯罪――ジェノサイド罪・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪――の責任者をどのように訴追・処罰すれば良いのか、という難題を扱います。2002年に創設された国際刑事裁判所(ICC)では、目下、コンゴ民主共和国やスーダン・ダルフール地方などにおいて発生した事件の審理が進められており、2014年には上訴審で有罪判決が初めて確定しました。そんな中、2007年にICCに加盟した日本は、これまでのところあまり存在感を示せていません。本授業では、戦後に東京裁判を経験した日本だからこそできる貢献についても考えます。

狭義の国際刑法――刑事司法のグローバル化

狭義の国際刑法では、日本人が海外で遭遇する犯罪や日本での外国人犯罪を題材に、刑法の適用範囲の問題から、犯罪人の引渡し、外国との捜査協力、受刑者の母国への移送に至るまで、幅広く勉強します。加速度的にグローバル化が進行している現在、従来の刑事司法制度では対応しきれない問題が数多く生じています。インターネットを利用した犯罪や外国人被疑者の国外逃亡の問題などがその最たる例です。このような問題を抱える日本の刑事司法はどのような変革を遂げていくべきか――授業に参加している全員でアイディアを出し合います。


3・4年生の授業 労働法・社会保障法

人の暮らしを支える法律

内藤恵教授
担当授業:労働法・社会保障法


内藤恵教授

労働法とは何か?

現代社会では多くの人々が企業で働き、賃金を得て生活しています。しかし労働者は、使用者である企業に比して弱い立場に立つことも多く、時には劣悪な労働条件下に置かれます。働く人の権利が不当に侵害されないように、国家は多数の法律を制定しています。労働法とは、それら労働者保護に関する法律群の総称です。
例えば労働契約を締結する際には、労働基準法が定める労働時間や賃金に関する条件を充足する必要があります。最低賃金法は賃金の最低基準を定め、不当に安い賃金を規制します。過労死・過労自殺等が生じた際には、労働災害として使用者の安全配慮義務違反が問われます。パートタイマーや派遣労働者に対する様々な保護法もあります。労働法は、労働者が健全な職場環境で働けるようにコントロールし、労使間の様々な法的問題の解決を図ります。

社会保障法とは何か?

社会では貧富の格差が拡大しています。憲法第25条は「生存権」を定め、国民の幸福な生活を保障します。例えば生活保護法は、貧困というリスクを負う世帯に対し、最低限度の生活を保障します。貧困家庭で育つ児童に対しては、児童扶養手当法が特別な手当制度も定めます。
あるいは病院に行く時は医療保険を利用します。また労働災害が起きた際には、労災補償保険が療養補償・休業補償・遺族補償などを行います。このような社会保険も社会保障法の一領域です。公的扶助、社会福祉、社会保険の全てをふくむ総称が、社会保障法なのです。

労働法・社会保障法の意義

当分野は現代社会特有の問題を扱い、国民の幸福な生活を支える様々な法制度を考察します。例えば女性労働力の活用には単に労働法上の保護だけでなく、ワーク・ライフ・バランスを保つ為の社会的支援システムが必要です。労働法と社会保障法は、多くの点で相互に有機的関連性を有し、互いに支え合って社会の発展に寄与しています。


3・4年生の授業 会社法

会社に関わる人たちを調整するルール

杉田貴洋(すぎた・たかひろ)教授
担当授業:会社法


杉田貴洋(すぎた・たかひろ)教授

会社法とは?

商売を始めるには、ふつう、店舗、機械、設備などを調えるために"先立つもの"が、それもまとまった資金が、必要になります。一人ではなかなか必要な資金を賄いきれないとすると、ほかの人と資金を出し合って、共同して商売を始めることになるでしょう。そのようにしてできた出資者の仲間(カンパニー)の団体を一つの企業主体として、あたかも社会における一人の人(法人)としてその活動を認める仕組みが会社の制度です。
会社法は、会社に関わる者の間で利害が対立する場合に、それを調整するルールを定めるものです。例えば、会社の経営が傾いて銀行や取引先への借金の返済が滞ることになれば、出資者の責任が問われることになります。会社には、株式会社や合名会社など4種類がありますが、その区別は、主として出資者が会社債権者にどのような責任を負うかによってなされます。
株式会社では、株主(株式会社の出資者)には会社の経営権限が認められておらず、株主総会で選んだ取締役に会社の経営が委ねられます。これは、株式会社に特に認められているもので、経営の専門家に会社の運営を任せ、効率的な経営を実現できるメリットがあります。しかし他方で、取締役の怠慢によって株主の利益がないがしろにされるかもしれません。取締役が違法な手段を用いて手っ取り早く金儲けをしようとするおそれもあります。そこで、取締役をチェックする権限を有する機関として監査役や会計監査人といった制度が用意されています。分裂しがちな、株主の利益と取締役の利益とをできるだけ一致させるような工夫も求められます。

会社法とコーポレート・ガバナンス

取締役に、法に遵った経営をさせつつ、同時にいかに効率性を追求させるかが、いわゆるコーポレート・ガバナンスの問題です。これには、会社法上いかに制度設計するかという立法の問題と、会社法のルールを前提にいかに運用するかという問題とがあります。一国の経済力にも関わる重要な課題です。


3・4年生の授業 経済法

実務での需要性が増す経済法

田村次朗(たむら・じろう)教授
担当授業:経済法


田村次朗(たむら・じろう)教授

経済は競争である

市場経済の本質は競争です。競争があるからこそ、企業はよりよい製品やサービスを作り続けなければなりません。そしてビジネスの競争は、新しいアイデア、発想そして技術を生み出していくものなのです。このダイナミックで常に変化し続ける市場の原動力が競争です。逆に、競争がなくなれば市場経済は崩壊してしまいます。そこで、競争を守らなければなりません。それが、経済法の役割なのです。

競争はどうやって守るのか

では、競争を守るためにはどうすればいいのでしょうか。経済法では、企業同士が競争を勝手にやめてしまうこと、すなわち競争の停止(カルテル、談合)と、ライバルを不当な手段を使って市場から追い出してしまう競争者の排除という二つの行為に注目します。さらに、合併の審査や、不公正な取引方法の禁止、下請業者を保護する下請法や、商品の表示を偽ることを防止する景品表示法も取り扱います。このように経済法は、市場における競争に関わるあらゆる現象を取り扱っていると言ってもよいのです。

経済法は楽しい

たとえば、経済法を学ぶことで、なぜ、定価、希望小売価格あるいはオープン価格という表現の使い分けが重要になるのか、新日鉄と住友金属がグローバルに競争するために合併すると発表したときに、公正取引委員会がなぜそれを慎重に審査するのか、といった問題の本質を理解することができます。このように経済法では、企業戦略やマーケティングのメカニズムが手に取るようにわかるようになります。また経済法の議論には経済学の考え方が反映されているので、経済学の理解も深まるわけです。
経済法は、実務での重要性が増しています。にもかかわらず、経済法専門の弁護士はまだまだ少ないのが実情です。経済法を身につけると、ビジネス・ロイヤーとして活躍する機会が増えるだろうと思います。


3・4年生の授業 刑法

時代の変化と刑法

法律学科 教授 佐藤拓磨(さとうたくま)先生

社会の秩序を維持するためには、罪を犯した者に対して適切な処罰を加えることが必要です。他方で、どのような行為が犯罪として処罰されるのかがわからなければ、市民は常に処罰の恐怖におびえなければならず、安心して生活することができません。そのため、刑法には、あらかじめ法律に犯罪として定められた行為でなければ処罰することができないというルールがあります。しかし、時代は激しく変化しますので、どうしても、法律を作った時には想定できなかった事象が起こります。最近、話題となった例として、元交際相手の自動車にGPSを密かに取り付けてその動向を探る行為がストーカー規制法上の「住居等の付近において見張り」に当たるかが問題となった事件がありました。GPS機器を誰でも容易に入手できるようになったことから、このような事件が生じたのです。

こうした、立法当時には想定していなかった事件が発生した場合、条文の文言、条文の趣旨、立法経緯などを考慮しながら、その行為を処罰するのが合理的といえるかどうかを判断する必要が生じます。法律の解釈・適用は六法や判例集が手元にあれば簡単にできると思われるかもしれませんが、実はそうではありません。ときにはその判断をめぐって複数の立場が対立し、激しい議論の応酬がなされます。

時代の変化に対応するためには、当然、適宜・適切な法改正や立法も必要です。最近、大きな注目を集めているのが、性犯罪に関する刑法の規定の改正です。性犯罪については、被害者の心理や被害の実態に関する研究が進んだことなどにより、社会の受け止め方が大きく変化しました。そのため、世界各国で規定の見直しが行われています。日本でも2017年に大きな改正が行われましたが、さらなる見直しが検討されています。このように、隣接学問分野の研究成果、社会の価値観の変化、諸外国の動向などに目を配りつつ、あるべき法制度の姿を考えるのも法律家の重要な役割といえるのです。


3,4年生の授業 AIと法

法律学科 教授 大屋雄裕(おおや たけひろ)先生

たとえば完全な自動運転車が事故を起こしたとして、被害者に対する損害賠償責任は誰が負うべきなのでしょうか。データを誤って学習したことが原因だったとして、車自体やそこに搭載されたAIを処罰することに意味はあるでしょうか。レントゲン写真を分析するAIが癌の影を見落とし、担当医師もその見落としを見落としたという場合はどうでしょうか。
これらはいずれも、いまはまだないが近いうちに実現するだろう技術に関する問題です。現時点の刑法や民法といった実定法をうまく適用することができるのか、適用できたとしてその結果が望ましいものになり我々も納得するものになるのかもよくわかりません。それでも技術進化の方向性を想像し、確実にくるだろう「その日」に備えて適切な結果を導くための法制度をデザインしておくことが社会的に求められているのです。私も、多くのAI研究者や技術者とともにその作業をお手伝いしています。
「世界が根本的に変わる」「これまでの法制度は無用になる」といった声は常に聞かれます。しかし社会や技術の進化に対応して自らの姿を変え続けてきたのが、共和政ローマで作られた十二表法以来、2500年に及ぶ法の歴史です。そこで生み出されてきた理念や概念は、これからの世界を想像し、それにふさわしい制度を創造するためにも役立つでしょう。過去に学び、未来を創り出すことが求められているのです。