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法律学科

政治学科

共通科目


1年生からの法律学

法律の「今の姿」を学ぶ将来の「あるべき姿」を考える

法律学科 准教授(刑法)薮中悠(やぶなか ゆう)先生

基礎となる憲法・民法・刑法

入学してすぐの1年次には法律学の基礎をなす憲法・民法・刑法を学習します。人権や契約、犯罪などをめぐる基本概念、個々の条文の内容、実際の事件における裁判所の判断などを1つ1つ学ぶだけではなく、それぞれの基礎にある理論・考え方もあわせて理解します。これにより、問題を法的に分析し、対立する利害関係を適切に調整して、理論的にも一貫した、説得的な結論を導く思考力を身につけます。
このような法的知識や思考力は、2年次以降に学習する行政法や商法、経済法、労働法、国際法などの理解の基礎となります。私が担当している刑法を例にしますと、1・2年次に刑法で犯罪と刑罰の内容について学び、その後、たとえば刑事訴訟法では、犯罪の捜査や犯罪の成否を争う刑事裁判のルールについて学びます。

刑法で学ぶ内容

犯罪の報道は(残念ながら)毎日のように目にしますし、故意や正当防衛など刑法上のテーマを題材とした刑事ドラマや推理小説があることもあって、刑法で学ぶ内容についてはすでに一定のイメージを持っている人も多いかもしれません。
内容の一端を紹介すると、たとえば、XがAを殺そうとして発砲したが、弾丸が逸れて、偶然通りかかったBに当たりBが死亡したという場合に、Bに対しても殺人罪が成立するのか、せいぜい過失犯が成立するだけなのかが議論されています。ここでは、なぜ故意が犯罪の成立要件の1つとして必要とされているのかなどが問われます。
また、近時は、性犯罪や振り込め詐欺への刑法的対応のあり方、自動運転をめぐる刑事責任、サイバー犯罪対策なども検討課題となっています。

隣接学問分野への関心

刑法に限らず、法律学の学習が進むと、その法律の「今の姿」に疑問を抱き、より相応しい「あるべき姿」を考える、そんな瞬間が訪れるはずです。
そのときには、「今の姿」に至った歴史的経緯や、他国における問題の解決方法が考察のヒントを提供してくれることがあります。そして、それらを調べる過程で、法制史や他国の言語・文化についてもより深く知りたくなるでしょう。
また、法律学は人や社会を対象としています。学習を進めるうちに、同じく人や社会を対象とする学問である哲学や心理学、経済学、政治学、行政学などにも関心が生じると思います。
このような隣接学問分野への幅の広い知的好奇心・探究心を満たしてくれる科目も日吉でみなさんを待っています。


「法的思考」を身につけよう

法律学科 民法 丸山絵美子(まるやまえみこ)先生

法を通じて学ぶこと

法を学ぶ意義はどこにあるのでしょうか。もちろん、紛争解決やサンクションに関するルールを知って行動できるようになるという実践的な意義があります。しかし、法を学ぶ意義はこれに尽きません。たとえば、論理的に考察する能力を修得するという意義もあります。筋の通った説明ができる能力は、様々な場面で説得的な議論を仲間たちと行い納得による解決をもたらすことを可能とするでしょう。また、法を学ぶことによって、社会で起きている問題に敏感となり、多面的な視点をもって議論に参画できるようにもなるでしょう。1年次には、憲法、民法、刑法を学びます。「ヘイトスピーチと表現の自由」、「成年年齢引き下げと契約」、「サイバー犯罪と実効的対策」…どのようなトピックに皆さんは関心を抱くでしょうか。精緻な法的知識と論理的思考能力に基づき法的な問題について考えていくことなります。

生身の人間と向き合う

私が専門とする民法を素材に少しだけ具体的な学びをイメージしてみましょう。国家の基本法である憲法、犯罪事件で注目される刑法に比べ、民法は馴染みが薄いかもしれません。民法は、「人」の間で生じる私的な法律関係を扱う法律で、最先端のビジネスから親子問題にまで関連します。「80歳のお年寄りが訪問販売員から大量の着物を購入し老後の蓄え3000万円をつかってしまった」という事件が起こったとしましょう。「契約は守らなければならない」ので、やめられないのが原則です。でも、このお年寄りが認知症を患っていたら?訪問販売員が詐欺をしていたら?どうでしょうか。民法の授業では、この一つの事件に関連する様々なルールを学んだうえ、事件解決を考えるにあたっては、登場人物が生身の人間であることに向き合っていくことになります。
法の学習は、憲法、民法、刑法から商法、行政法、社会法、国際法などに広がり、法制史・法理学などに深く潜っていきますが、人間・社会と向き合うという点は共通します。知識の獲得を超えた学びに挑みましょう。


まずは「憲法」「民法」「刑法」から

法律学科 憲法(総論・人権)小山剛(こやま・ごう) 先生

法律学科 憲法(総論・人権)小山剛(こやま・ごう) 先生

日吉で学ぶ法律科目

日本にいくつの法律があるか、知っていますか。2000弱だとされています。政令、省令、規則などを加えると、その数は8000を超えます。もちろん、そのすべてを学ぶわけではありません。1年次の最初に学ぶのは、憲法、民法、刑法です。法律(学)を体系的に学ぶうえで、基本となる法典です。民法がわからないと「契約」や「不法行為」といった社会の基本的な仕組みを理解しないままに法学部の4年間を過ごすことになりますし、さらには会社法、経済法といった花形の分野も珍紛漢紛で終わってしまいます。また、刑罰は、「刑法」という名の法律の中でだけ定められているのではなく、道路交通法、独占禁止法、金融商品取引法や青少年保護育成条例などでも定められています。これらの法令を理解するには刑法の知識が前提となります。

憲法とは

私が担当するのは、憲法です。近代憲法には、人権保障と権力分立(統治)という二つの柱があります。1年次は人権、2年次は統治を中心に学びます。国家が侵してはならない自由を保障し、独裁者が登場しないように権力を分立する最高法規であるため、「憲法は国家権力を縛る法である」と言われます。
法律学で重要なのは、事例を通して具体的に考えることです。ただし、事例ばかりだと「木を見て森を見ず」に陥ります。講義では、具体的事例と一般的な理論の間の視線の往復を心がけています。また、大教室の講義は一方通行になりがちですが、まだ裁判になっていない最新の事件や、最高裁判決が近日中に予定されている事件を題材にした事例問題を取り上げ、学生にディベートをさせることもあります。とくに人権は、判例・裁判例も数多くあり、テーマ的にも、ヘイトスピーチ、夫婦別姓など、現在進行形の話題が含まれています。興味をもって学べるでしょう。
さて、民法は内科、刑法は外科にたとえられることがありますが、憲法は何にたとえられると思いますか。答えは自分で探してください。


スタートは憲法・民法・刑法から

法律学科 債権各論 田髙寛貴(ただか・ひろたか) 先生


法律学科 債権各論 田髙寛貴(ただか・ひろたか) 先生

入学後すぐの1年次から学ぶ法律学の専門科目は、さまざまな法律の基盤をなす憲法・民法・刑法からスタートします。私が担当する「債権各論」は、民法の一領域をなすものです。車に轢かれ大怪我をした、自分を誹謗中傷する記事を書かれた、業者が注文どおりに建物を建てなかった、夫の浮気で結婚生活が破綻した等々、損害賠償請求というのは我々がもっとも身近に接する法律問題といえるでしょう。そのような、社会のなかに見いだされるさまざまな法的義務や損害賠償請求の内容を扱っていくのが、債権各論です。

具体的事例と対話から学ぶ

民法は、数千年にわたり人類が築きあげてきた、紛争解決のための叡智の結晶です。民法学は、様々な紛争に直面し、それを解決するための道具を研ぎ澄ませることに努めてきました。この授業では、民法の諸制度、諸理論が実際にどう紛争解決に資するものかを知ってもらうため、多くの事例を取り上げ、具体的に問題を検討しています。また、法律学で不可欠となる議論は、1年次から開講される少人数科目の「法学演習」等で本格的に行われますが、この授業も、受講生の皆さんの意見を聞き、対話をしながら展開しています。

法を知ることは社会を知ること

人が集まってみんなで何かをしようというとき、そこには必ずルールが必要となります。人間が集団生活を営んでいく、社会を構成していくときに必要となるルール、それを国のレベルで考えたものが「法」です。法は社会のルールですから、ルールを知ることは社会を知ることを意味します。法律学を通じて、社会のしくみや人間関係のあり方を分析する視角を体得し、また、客観的多角的に冷静な目で物事を見通し判断する力、さまざまな立場の人を説得できる論理的な思考を養ってもらえたらと思っています。


1年生からの政治学

スッキリ解決しないから政治学がある。

政治学科 教授(現代韓国朝鮮政治/東アジア国際政治)西野 純也(にしの じゅんや)先生

日本・世界に目を凝らす学問

政治学科だけで30名を超える専任教員が、現代の社会が抱える諸課題について学生たちとともに学び、考えています。教員紹介を見ていただければわかる通り、専門分野は様々です。日本、アジアをはじめとする世界の各地域、さらには広く国際政治全般を研究する教員が揃っています。方法論も政治史、政治理論、計量分析など多岐にわたります。
したがって、政治学には多様な学び方があることになりますが、諸課題を解決して、私たち1人1人が、より安全かつ安心して、豊かに暮らせるようになるにはどうすればよいのか(よかったのか)、という問題意識を持って学ぶ姿勢は共通しています。
もちろん、全ての課題にスッキリした解決策が示せるわけでなく、むしろ現実はその逆のことが多いと皆さんは感じているでしょう。私たちに身近な地域社会でも、世界でも、対立や争いは絶えません。

ルールはどうやって決める?

この対立や争いを減らし、よりよい社会を実現するための人間の営みが「政治」です。多様な価値観や異なる利害を持つ人々がいる世の中で、皆が平穏に共存する社会を実現することはもちろん容易ではありません。国内政治や地域社会であれば、選挙を経てメンバーから委任を受けた代表者たちが、共存のためのルールを決めてそれを執行することになります。決定や執行の過程で行使されることがあるのが「権力」です。この一連のプロセスが私たちの利益にかなっているのかを検証したり確認するために、政治過程論や政策決定論という専門分野があります。また、政治制度論や立法過程論は、ルール(制度や法律)がどのように作られていくのかに焦点を合わせた学問です。よりよい社会と暮らしの実現という大きな課題を掘り下げて学んでいく学問体系を政治学は備えており、慶應では充実した科目編成によりその学びを実践できるようになっています。

理論を学ぶ? 現実の課題に挑む?

国内政治と異なり各国に対して強制力(権力)を行使できる世界政府の存在しない国際政治では、課題の解決どころか、問題が一層深刻化することがあります。国家間の問題を解決するために戦争が行われるという悲劇を国際社会は何度も経験してきました。どうすれば戦争のない平和な世界を実現できるか、という問いは今でも国際政治学の大テーマであり続けています。あるべき世界を目指して規範理論を学ぶか、核兵器という現実の課題からスタートするか、グローバル経済の光と影に目を向けるか、環境やエネルギー、保健衛生の分野に活路を見い出すか、国際政治学も色々な学びが可能です。どの分野に皆さんがより関心を持っているのか、1年生での学びを通じて探してみてください。キャンパスで皆さんと学ぶことを楽しみにしています。


何のための政治と政治学?

政治学科 教授(近代政治思想史)堤林 剣(つつみばやし けん)先生

課題だらけの現代世界

当たり前なことをいいますが、世の中にはいろんな人がいます。身体的特徴や社会的境遇の違いはもちろんのこと、価値観やアイデンティティ、さらには政治観もさまざまです。時の政権を支持する人もいれば、批判する人もいます。政治に無関心な人もいます。でも不思議だとは思いませんか。なんでこんなにも多様な人間が国家のような共同体をつくって平和に暮らすことができるのでしょうか。
いや、世界に視野を広げれば、みんながみんな平和を享受しているわけではありません。紛争に巻き込まれている人、そうでなくても不正や貧困に喘いでいる人は依然としてたくさんいます。
さらには、地球上に住むすべての人間にかかわるグローバル・イシューもあります。地球温暖化を含む環境問題、エネルギー問題、食糧問題、パンデミック、などなど。これらは多かれ少なかれすべての人間、いや動物や植物にも、そして未来世代にも影響を及ぼします。
政治とは、このような問題と向き合いながら状況を少しでも改善し、みんなが平和に共存できる秩序を形成するための人間的営為だといえます。
しかし、言うは易く行うは難し。グローバル・イシューの解決どころか、昨今、先進諸国においても「デモクラシーの危機」とか「社会的分断」とか「貧富の拡大」などによって、現状維持すらままならない状況になってきています。
では、どうすればよいのでしょう。

政治学を学ぶことの意義

政治学を学べば、解決策が明らかになる—わけではありません。残念ながら、世の中そんなに甘くありません。ですが、政治学の学びを通じて、問題の所在を明らかにし、解決にむけた思考を鍛えることはできます。政治学には大別して実証的アプローチと規範的アプローチがあります。前者は、現実がどうなっているか、それをデータ分析や歴史研究を通じて明らかにしようとするものです。後者では、どのような目標を追求すべきか、なぜそれがみんなにとって正しいといえるか、といった当為の問題を扱います。そして両方を理解し、組み合わせることが重要となりますが、政治学科では個々の学生が両方について学ぶことができるよう、たくさんの授業を提供しています。
ともに、真剣に考えることの困難とそれ以上の充実感とを味わいましょう。


ようこそ、権力が織りなす世界へ

政治学科 西欧政治思想史 田上雅徳(たのうえまさなる)先生

政治って素敵ですか?

実は、それほど美しい言葉ではないのが「政治」です。日常会話でも、「あいつの言動は『政治』的だ」とは、人を非難する表現です。また、お笑い芸人がTV番組で時の政権を揶揄しようものなら、「『政治』的な発言を控えないと、スポンサーが降りるぞ」との書き込みでネットが炎上します(面白いことに、政権を擁護する言動が「政治的だ」と非難されることは、あまりありません)。
つまり「政治」という日本語には、「その人ひとりの利益や理想のために、もっともらしい理屈を用いて、人びとからの支持を得ようとする腹黒さ」という意味合いがあります。そして、その言葉を冠した学科で勉強しようというわけですから、目をキラキラさせた新入生を前にすると、正直、私は何ともいえない気持ちになります。
にもかかわらず、政治学の魅力をこの頁では訴えなくてはなりません。しかも、この学問で駆使される用語の中でもとりわけ否定的なニュアンスの強い「権力」に引き付けて、政治学のセールスポイント述べようとするのですから、屈折した話になります。

そもそも、多様性を尊ぶのが政治学

さて、権力には否定的なニュアンスがある、と述べました。というのも、権力という強制力も突き詰めれば暴力だからです。けれどもそんな物騒なものを、どうして人間は必要とするのでしょうか。それは、「権力をチラつかせて脅さないと、そして最悪の場合には(最悪の場合、です)権力を実際に行使しないと、どうにもこうにもまとめられない。それほど、人びとが抱いている理想や利害は多種多様なんだ」と、人間が意識したからに違いありません。結論を急ぎますが、その意味では、政治と政治学が存在する世界とは、本冊子が「ススメ」ている人びとや集団の「個性」がバラエティに富むことを大前提にしている世界です。  あるいはグローバルな視点から、あるいは制度に関心をむけつつ、またあるいは哲学的に、権力とそれが織りなす政治が必要とされることの意味を考えてもらいたい。そういう思いを抱いて、私は毎年、必修科目「政治学基礎」の教壇に立ち、皆さんをお迎えしています。


世界の「決まり方」を考えよう

政治学科 政治学基礎 岡山裕(おかやま・ひろし) 先生

政治学科 政治学基礎 岡山裕(おかやま・ひろし) 先生

「決まり方」の学としての政治学

皆さんの多くは、「選挙や外交が政治に含まれるのはわかるけど、それを分析する政治学って何をするの?」と思っているのではないでしょうか。政治学の目標は理想の政治の発見だ、と言われたりもしますが、それはやや誤解です。人によって好みが違う以上、全員にとって理想的な政治を構想するのは無理があるからです。
では、実際の政治学は何をするのでしょう?実は、この「好みの違い」がポイントです。政治学では、好みも目標も異なる複数の人間が、共通の事柄について決めるとき(集合的決定といいます)に何が起きるのか、物事の「決まり方」に注目してその説明を試みます。状況によってどんな決め方(ルール)が採用されるのか、どうしたら皆が合意した決め方が存続するのか、はたまたケンカや戦争(これも決まり方の一つです)が始まってしまうのか、といった問題を考えます。

集合的決定の世界のひろがり

決定の仕方というと、狭い対象だと思うかもしれません。
しかし、ここでの決定は、例えば選挙で有権者が投票に行くかどうか、議会で法律をどう作るかから、人々が革命に立ち上がるかどうか、対立する国と戦争を始めるかどうかまで多岐にわたり、人の生死や世界の命運を左右します。また決め方の違いも、甚大な影響を及ぼします。私の研究するアメリカ合衆国では、2016年の選挙で、ドナルド・トランプが一般投票での得票では負けたものの大統領に当選しました。それは、単純多数決でない選挙制度が採用されているからです。
 分野だけでなく、地域によっても集合的決定のあり方は異なります。また望ましい決め方に関する考え方も、徳を持つエリートによる支配から多数決へ、というように長期的に変化してきました。法学部政治学科には、古今東西の「決まり方」を考えるプロが揃っています。政治学の学習は、学問全体を俯瞰する「政治学基礎」に始まり、各分野の基礎科目、そして専門科目(系列科目)へと進んでいきます。「理想の政治」は無理かもしれませんが、皆が「納得のいく政治」位はあるかもしれません。一緒に探しに行きませんか。


出発点としての政治学基礎

政治学科 政治学基礎 河野武司(こうの・たけし)先生


政治学科 政治学基礎 河野武司(こうの・たけし)先生

政治学に関して言うと、日本において最も多くの専任教員と科目とを擁しているのが、慶應義塾の政治学科です。専任教員の数は30人を超えます。政治学に直接関連する科目は200以上になりますが、少人数による30余りの演習科目と20余りの講義科目が1年生から学べる専門科目として日吉キャンパスで開講されています。政治学科では政治学を、政治思想、政治・社会理論、日本政治、地域研究・比較政治、国際政治の5つの分野に分けています。これらの分野のいずれかを自身の専門として3年次以降に三田キャンパスでより深く学んでいくことになります。どの分野を専門とするにしても、そのための出発点となるのが、必修科目として1年生に対して開講されている「政治学基礎」です。

政治における基礎的概念・理論・現実

政治学基礎では、政治学を専門的に学んでいく上で必要となる基礎的な概念や理論を思想史上の展開や現実の政治を例としながら説明します。政治とは何か、政治学とはどのような学問かということはもちろんのこと、理想の政治を実現していくための前提となる正義や平和、支配の正当性などの概念、民主政治を支える三権分立や選挙制度をはじめとする様々な政治制度、さらには国内や国際的に展開される現実政治に関する様々な理論などです。

政治学の目的

古代ギリシアの都市国家アテナイにおいて、ポリスを運営する技術としての政治を研究対象とする学問として体系化された政治学という学問は、最も古くから存在する社会科学です。その長い歴史の中で常に問題としてきたものの一つが、理想の政治をいかに実現し、よりよく作動させていくかということです。そのことを自分自身の問題として考え、より望ましい政治社会の実現に自発的に貢献できる良き市民を育成することが慶應の政治学の大きな目的です。


1・2年生の授業 外国語

言葉はあらゆる法に通じる規範

フランス語 大出敦(おおで・あつし)先生


フランス語 大出敦(おおで・あつし)先生

法学部で外国語を学ぶとは?

みなさんは漠然と大学に入学すると1,2年次は外国語学習が必修だと思っているでしょう。もちろんそれは間違いではなく、法学部では英独仏中西露朝の7言語の中から2言語を選択し学習します。多くの学生は英語ともう一つの言語を選択しますが、中には英語以外の言語を二つ選択する人もいます。でも改めて考えてみましょう。なぜ法学部で外国語を学習するのでしょうか。グローバル化に向けてでしょうか。海外旅行のためでしょうか。就職に有利になるためでしょうか。

法学部的感性を養う語学

言語はそれを用いる人の思考や行動を規定します。例えば「迎えに行く」という表現は、英語ではpick upですね。私が教えているフランス語ではchercherという動詞を使うのが普通です。pick upは日本語に直訳すると、「拾い上げる」「つまみ上げる」です。chercherは「探す」です。迎えに行くという行為を英語は拾い上げる行為で表現し、フランス語は探すという行為で表現しています。行為自体は同じなのにです。つまり同じ行為でも言語によって表現の仕方が異なるのです。何だ、当たり前じゃないかというかもしれませんが、この言語による物事の捉え方の違いが、自分たちと異なる考え方を生み出し、行動を規定しているのです。さらにいえば、この異質なものである言語がその国独特の法体系や政治思想の規範そのものなのです。大学での外国語学習は、結果として留学や就職に役立つかもしれませんが、実は異質な考え方を体験することで、自分たちとは異なる法体系や政治思想、社会、文化を理解する基礎学習なのです。一見したところ、専門の授業と直結しているように見えませんが、言語の習得は法学部的感性を養うものなのです。
そのため法学部では、外国語を深く学びたいと希望する学生のための週4回のインテンシヴ・コースなどみなさんのニーズに応じたさまざまなレベルのクラスを用意しています。また各言語と連動した地域文化論という特色ある授業もあります。さあ、では4月から一緒に法学部的感性を育みましょう。


自己を形成する外国語学習を

ロシア語 熊野谷葉子(くまのや・ようこ) 先生


ロシア語 熊野谷葉子(くまのや・ようこ) 先生

法学部は2種類の外国語を学ぶ

ロシア語で「教育」は≪образование(オブラザヴァーニエ)≫と言い、「形成」と同じ言葉です。教育とは人間を形成する過程である、というこの考え方からすると、高校までのオブラザヴァーニエは教え育んでもらった第一段階、大学は自らを形成する第二段階と言えるでしょう。自分で専攻を選び、授業を選んで自己をかたちづくる、大学はそういう場です。
ところがそこに、必修科目としての外国語が控えています。法学部では2種の外国語を少なくとも週2回ずつ、2年間学びます。

語学学習は体験そのものを楽しんで

ですが、正直なところこの時間数で初習外国語の優れた使い手になることは困難ですし、単位を取り終えて勉強をやめれば文法も単語もたちまち忘れてしまうもの。まして将来使う可能性の低そうな外国語(たとえばロシア語??)の学習が、いったい何の役に立つのでしょう。
と、思いながらぼんやり授業に出ていると、授業の時間は無駄に過ぎ、宿題とテスト勉強には余計に時間がかかります。それよりも、「Жって変な字!」「格変化が6つ?ありえない...」「ボルシチってそれで赤いのか―!」といちいち大騒ぎしながら(教室で騒げという意味ではなく)、語学学習の体験そのものを楽しんでください。単語は後で忘れてしまっても、外国語とその文化に触れた記憶は貴重な財産ですし、社交辞令が言える、辞書があれば読み書きできる、というのは素晴らしい能力です。もちろん当該言語圏の文化や考え方を知って視野を拡げるのが重要なのは、言うまでもありません。
法学部にはさらに、ひとつの語学を週4回学び、4年生まで継続して鍛えられるインテンシブコースもあります。地域研究を専門にする人、外交や貿易のかけはしになりたい人のために、基礎となる語学面をサポートし続けるのも、私たち教員の仕事です。


1・2年生の授業 自然科学

科学する力で思考を磨く

化学 志村 正(しむら・ただし)先生


化学 志村 正(しむら・ただし)先生

自然科学の重要性

慶應義塾という名が生まれた1868年、福澤諭吉先生は、『訓蒙 窮理図解(きんもう きゅうりずかい)』という日本で最初の科学入門書を著しました。先生は、日本人のほとんどが科学的な思考力をもっていないこと、つまり日本固有の文明そのものが窮理学(物理学)の原則を欠いていることに危機感を抱き、この本をはじめ、再三にわたって自然科学の重要性を説いてきました。しかし残念ながら、150年経った今でも、我が国の理科離れ傾向に変わりはありません。その一因として、高校までの理科や数学の授業では、理論が組み立てられていく途中経過や根本となる原理にまで深く踏み込んだ教育をする時間がなく、自然科学の面白さを十分に伝えられていないことがあげられます。

法学部の自然科学

法律学や政治学が成立してきた過程では、自然科学的な思考法が大きな役割を果たしています。法学部でこれらの社会科学を専攻することになる皆さんにとって、自然科学の細かい知識を得ることは、さほど重要ではないかも知れません。むしろ物事を疑ってかかり、論理的に考察して、その理由を理解したうえで原理や法則を導いていくといった自然科学的な思考力を身につけることが大切です。法学部では、講義と実験を半分ずつ行う物理学、化学、生物学といった実験科目、心理学、数学、統計学、特論や総合講座など多くの科目を履修できるように用意しています。自然科学は、決して公式や法則の暗記科目ではありません。大学で本来の自然科学を存分に楽しみ、科学する力と心を養いましょう。


1・2年生の授業 語学

日吉時代の学習がその後を決める

語学・中国語 林秀光(りん・しゅうこう) 先生


1年生のうちに一生ものの発音を

4月は出会いの季節です。初めてのクラスに足を踏み入れるとき、いつも心によぎる思いがあります。なにかのご縁で、これから一緒に中国語を勉強するのだな、と。1年生から4年生までわたしのクラスに在籍する学生もいますが、就職活動を終え、一段と凛々しくなった姿に1年生の時の初々しさが思い出され、感無量の気持ちになります。
法学部中国語共通して、1年生のうちに、「一生もの」の発音を徹底的に叩き込みます。中国語の声調やきれいな響きを覚えてもらうために、わたしのクラスでは、漢詩や童謡を暗誦することもあります。2年生は他クラスの会話、読解とのバランスをとりつつ、わたしのクラスでは主として文法を系統的に勉強します。

中国語が人生を豊かにする

文法の勉強が好きな学生と苦手な学生がいますが、伸びる学生はきちんと文法も理解しているものです。わたしは、はったりはやめよう、文法を正しく自信をもって発話するようにしようと念を押しています。3、4年生になると、日吉時代にがんばった学生は目立って伸びます。それまで勉強したことを見直しつつ、さまざまな文体の中国語を読んだり、四字熟語や故事を覚えたり、中国語の「息づかい」が感じられるように、楽しんで学ぶことができます。
慶應義塾大学法学部は、日本における現代中国研究の中心としても有名です。大学で習った中国語は、学問あるいはビジネスの世界で日中関係に携わろうという君の人生を豊かにするでしょう。


1・2年生の授業 人文科学

歴史を振り返り、今を学ぶ

人文科学・歴史 片山杜秀(かたやま・もりひで) 先生


人文科学・歴史 片山杜秀(かたやま・もりひで) 先生

無理を重ねてきた近現代の日本

広島、長崎、アウシュヴィッツ。20世紀の悲劇の舞台です。そこにチェルノブイリや21世紀に入ってからの福島を加えられるかもしれません。二つは原爆投下、二つは原発事故、一つは大虐殺。五つのうち三つまでが日本での出来事になります。
この国は世界の中でも特別に呪われているのでしょうか。まさかそんなことはありますまい。近現代の日本は、世界でも飛び抜けて背伸びしてきた。無理に無理を重ねてがんばってきた。そのせいで成功したこともいっぱいある。しかし背伸びをすれば転びやすくもなる。それゆえに悲劇の発生率も高くなる。そう考えることはできないでしょうか。

関連領域を学ぶことで見える視座

私は近現代の日本の思想や文化の歴史にとりわけ興味を持っています。具体的に言えば、二つの世界大戦の時代、さらに戦後の政治思想や社会思想、哲学や文化芸術です。そこには多くの実りがある。けれど無理をしすぎたゆえの失敗や悲劇もある。今の日本はそういう教訓を学んだり忘れたり、とにかくその積み重ねの果てに出来ている。やはり温故知新です。歴史を振り返ってこそ初めて今を学ぶ視座も獲得できるというものでしょう。
みなさんは法律や政治に興味を抱かれて法学部を目指されるのだと思います。しかしそれだけをいきなり極めるということは、当たり前ですがありえません。前提や関連領域をよく知ってこそ初めて見えて気づいて閃くことも多い。歴史を含めた人文科学の諸講座は、そのために用意されているのです。


1・2年生の授業 自然科学

科学的視点と判断力で探る

自然科学・生物学 小野裕剛 (おの・ひろたけ)先生


自然科学・生物学 小野裕剛 (おの・ひろたけ)先生

社会問題と密接なかかわりを持つ生物学

「法学部なのに自然科学?」と聞かれることもありますが、法律や政治の対象となるのがヒトという生物の活動である以上、科学的観点を避けることはできません。とはいえ、基礎的な内容だけでは眠くなるばかりですから、私のクラスでは「民間の遺伝子検査の問題点と規制のあり方」とか「感染症と公衆衛生行政の問題点」といった社会問題と関連づけながら、問題解決に必要な知見について分子生物学を中心に解説しています。法学部に学ぶ皆さんが科学的内容を含めて問題点を正しく理解し、的確な判断力によって上手な社会的合意点を見つけてくれることを期待しています。

ロールプレイング形式で表現力を鍛える

自然科学科目にはもう一つの目的があります。福澤諭吉先生は『物理学之要用』の中で「初学を導くに専ら物理学を以ってして、恰も諸課の予備となす」と述べられ、自然科学の持つ論理性が全ての学問の基礎となることを示唆されています。日吉キャンパスでは文系学生向けに【実験を含む】科目を大規模に設置しており、これらの科目こそ、実験結果を論理的に検証し、レポートを作成する過程を通じて「諸課の予備となす」ための科目なのです。
私のクラスでは表現力をより鍛えるために、自らを企業の研究員や医師であると仮定してクライアントに対して研究開発や医学検査の意義を説明する、いわゆる"ロールプレイング形式"での課題設定を行っています。


3・4年生の授業 国際刑事法

「古くて新しい」国際刑事法

フィリップ・オステン教授
担当授業:国際刑事法


フィリップ・オステン教授

国際刑事法とは何か?

国際刑事法は、日本では講座が設置されている大学がまだ少なく、慶應義塾でしか学べない科目の一つであるといえます。国際刑事法には、広義の国際刑法と狭義の国際刑法という二つの側面があります。前者は、「国際法の刑事法的側面」(国際社会全体の関心事たる「中核犯罪」の訴追・処罰など)、後者は、「国内刑事法の国際的側面」(刑法の場所的適用範囲、刑事事件における外国との協力など)を扱う学問領域です。

広義の国際刑法――戦争犯罪・国際法廷と日本

広義の国際刑法では、ナチス・ドイツによるホロコーストや日本の戦時中の犯罪とその後のニュルンベルク裁判・東京裁判、冷戦後の旧ユーゴスラヴィアやルワンダにおける虐殺、現在ニュースを賑わせているいわゆる「イスラム国」など、最も重大な犯罪である中核犯罪――ジェノサイド罪・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪――の責任者をどのように訴追・処罰すれば良いのか、という難題を扱います。2002年に創設された国際刑事裁判所(ICC)では、目下、コンゴ民主共和国やスーダン・ダルフール地方などにおいて発生した事件の審理が進められており、2014年には上訴審で有罪判決が初めて確定しました。そんな中、2007年にICCに加盟した日本は、これまでのところあまり存在感を示せていません。本授業では、戦後に東京裁判を経験した日本だからこそできる貢献についても考えます。

狭義の国際刑法――刑事司法のグローバル化

狭義の国際刑法では、日本人が海外で遭遇する犯罪や日本での外国人犯罪を題材に、刑法の適用範囲の問題から、犯罪人の引渡し、外国との捜査協力、受刑者の母国への移送に至るまで、幅広く勉強します。加速度的にグローバル化が進行している現在、従来の刑事司法制度では対応しきれない問題が数多く生じています。インターネットを利用した犯罪や外国人被疑者の国外逃亡の問題などがその最たる例です。このような問題を抱える日本の刑事司法はどのような変革を遂げていくべきか――授業に参加している全員でアイディアを出し合います。


3・4年生の授業 労働法・社会保障法

人の暮らしを支える法律

内藤恵教授
担当授業:労働法・社会保障法


内藤恵教授

労働法とは何か?

現代社会では多くの人々が企業で働き、賃金を得て生活しています。しかし労働者は、使用者である企業に比して弱い立場に立つことも多く、時には劣悪な労働条件下に置かれます。働く人の権利が不当に侵害されないように、国家は多数の法律を制定しています。労働法とは、それら労働者保護に関する法律群の総称です。
例えば労働契約を締結する際には、労働基準法が定める労働時間や賃金に関する条件を充足する必要があります。最低賃金法は賃金の最低基準を定め、不当に安い賃金を規制します。過労死・過労自殺等が生じた際には、労働災害として使用者の安全配慮義務違反が問われます。パートタイマーや派遣労働者に対する様々な保護法もあります。労働法は、労働者が健全な職場環境で働けるようにコントロールし、労使間の様々な法的問題の解決を図ります。

社会保障法とは何か?

社会では貧富の格差が拡大しています。憲法第25条は「生存権」を定め、国民の幸福な生活を保障します。例えば生活保護法は、貧困というリスクを負う世帯に対し、最低限度の生活を保障します。貧困家庭で育つ児童に対しては、児童扶養手当法が特別な手当制度も定めます。
あるいは病院に行く時は医療保険を利用します。また労働災害が起きた際には、労災補償保険が療養補償・休業補償・遺族補償などを行います。このような社会保険も社会保障法の一領域です。公的扶助、社会福祉、社会保険の全てをふくむ総称が、社会保障法なのです。

労働法・社会保障法の意義

当分野は現代社会特有の問題を扱い、国民の幸福な生活を支える様々な法制度を考察します。例えば女性労働力の活用には単に労働法上の保護だけでなく、ワーク・ライフ・バランスを保つ為の社会的支援システムが必要です。労働法と社会保障法は、多くの点で相互に有機的関連性を有し、互いに支え合って社会の発展に寄与しています。


3・4年生の授業 会社法

会社に関わる人たちを調整するルール

杉田貴洋(すぎた・たかひろ)教授
担当授業:会社法


杉田貴洋(すぎた・たかひろ)教授

会社法とは?

商売を始めるには、ふつう、店舗、機械、設備などを調えるために"先立つもの"が、それもまとまった資金が、必要になります。一人ではなかなか必要な資金を賄いきれないとすると、ほかの人と資金を出し合って、共同して商売を始めることになるでしょう。そのようにしてできた出資者の仲間(カンパニー)の団体を一つの企業主体として、あたかも社会における一人の人(法人)としてその活動を認める仕組みが会社の制度です。
会社法は、会社に関わる者の間で利害が対立する場合に、それを調整するルールを定めるものです。例えば、会社の経営が傾いて銀行や取引先への借金の返済が滞ることになれば、出資者の責任が問われることになります。会社には、株式会社や合名会社など4種類がありますが、その区別は、主として出資者が会社債権者にどのような責任を負うかによってなされます。
株式会社では、株主(株式会社の出資者)には会社の経営権限が認められておらず、株主総会で選んだ取締役に会社の経営が委ねられます。これは、株式会社に特に認められているもので、経営の専門家に会社の運営を任せ、効率的な経営を実現できるメリットがあります。しかし他方で、取締役の怠慢によって株主の利益がないがしろにされるかもしれません。取締役が違法な手段を用いて手っ取り早く金儲けをしようとするおそれもあります。そこで、取締役をチェックする権限を有する機関として監査役や会計監査人といった制度が用意されています。分裂しがちな、株主の利益と取締役の利益とをできるだけ一致させるような工夫も求められます。

会社法とコーポレート・ガバナンス

取締役に、法に遵った経営をさせつつ、同時にいかに効率性を追求させるかが、いわゆるコーポレート・ガバナンスの問題です。これには、会社法上いかに制度設計するかという立法の問題と、会社法のルールを前提にいかに運用するかという問題とがあります。一国の経済力にも関わる重要な課題です。


3・4年生の授業 現代東南アジア論

開いた地域としての東南アジアを考える

山本信人(やまもと・のぶと)教授
担当授業:現代東南アジア論


山本信人(やまもと・のぶと)教授

他者理解としての地域研究

地域研究とは他者の生活する特定の地域への理解を深める作為です。理想的には、他者理解のためには言語を修得することから始まり、食生活や文化や慣習、そして政治・社会・経済制度などを学習して、その上で他者の考え方への想像力を磨く必要があります。言うまでもなく一朝一夕では他者理解はできず、じっくりと腰を据えて他者(そして自己)と向き合う必要があります。地域研究を極めるという理想の実現には時間がかかりますが、授業を介して少しでも他者理解の機会を学生諸君に提供したいとぼくは考えています。

東南アジアへの視角

ぼくの担当する科目は現代東南アジア論です。東南アジア地域は11個の国民国家が存在します。しかし東南アジアはその11カ国で閉じているのではなく、他の地域や国家や人との密接な関係性を有する開いた地域です。なかには国民国家への帰属を意識しないで生活している人びともいます。長く劇的な人の流れの歴史をもつ東南アジアは一筋縄では理解できない魅力が満載です。ぼくの講義では、空間的な地域、時間的な地域、そして実態としての東南アジアを複眼的に理解する試みをしています。それを通して、開いた地域としての東南アジアの軌跡と行く末について考える機会としています。

英語を介した東南アジア

少人数の演習形式である特殊研究では、東南アジア地域に関する文献を介して他者理解の仕方を学生諸君とともに模索します。英語文献を主体にし、英語で授業をおこないます。英語で書かれた歴史、政治、社会、文化に関して知識の塊を紐解き批判的に読み込むことで、自分なりの問いと東南アジア理解が形成されます。英語で考えることは日本(語)的な理解から自らを解放する作業でもあります。英語は他者との共通理解への道を切り開き自らを相対化するツールです。英語を介した東南アジア地域研究はそうした可能性を秘める作業であると考えています。


3・4年生の授業 公共経済論

国を動かす財政を理論で分析

麻生良文(あそう・よしぶみ)教授
担当授業:公共経済論 I ・II


麻生良文(あそう・よしぶみ)教授

政府部門の経済分析

この講義では、政府活動の根拠や、租税や公債による財源調達が民間の活動にどのような影響を与えるかを論じます。
国防や警察活動等の国の基本的な役割を民間部門に委ねられないのは当たり前ですが、公的な年金・医療保険は民間の保険で代替できないのでしょうか。太陽光・風力発電に補助金をつけて優遇することは正当化されるのでしょうか。電気・ガスの供給を地域独占会社に任せるのではなく、この分野にも競争を導入させるべきなのでしょうか。あるいは、そもそも、民間でできることは民間に任せるべきなのでしょうか。こうした問題は、そこに「市場の失敗」があるかないかに還元して考えることができます。

望ましい政策を考えるための理論

さて、政府活動の財源は租税や公債発行によって支えられています。こうした政府の財源調達活動も民間の活動に影響を与えます。例えば、所得税は個人の労働意欲や雇用に影響を与えると考えられます。消費税の増税前に、住宅や自動車等の駆け込み需要が発生したのも記憶に新しいと思います。もちろん、租税が経済活動に与える影響だけを議論していても不十分です。望ましい税制とは、単に経済活動に与える悪影響を最小化するだけではなく、同時に公平面にも配慮する必要があるからです。
また、現在の日本では、財政赤字の問題も深刻です。今後、日本の人口は急速に高齢化していくため、年金・医療等の社会保障支出の大幅な増加が見込まれています。このため、日本の財政赤字は、表面的な数字以上の深刻さを抱えています。
望ましい政策のあり方を考えるためには、単に事実の経過だけ追っていても十分ではありません。理論を学ぶ必要があるのです。


3・4年生の授業 経済法

実務での需要性が増す経済法

田村次朗(たむら・じろう)教授
担当授業:経済法


田村次朗(たむら・じろう)教授

経済は競争である

市場経済の本質は競争です。競争があるからこそ、企業はよりよい製品やサービスを作り続けなければなりません。そしてビジネスの競争は、新しいアイデア、発想そして技術を生み出していくものなのです。このダイナミックで常に変化し続ける市場の原動力が競争です。逆に、競争がなくなれば市場経済は崩壊してしまいます。そこで、競争を守らなければなりません。それが、経済法の役割なのです。

競争はどうやって守るのか

では、競争を守るためにはどうすればいいのでしょうか。経済法では、企業同士が競争を勝手にやめてしまうこと、すなわち競争の停止(カルテル、談合)と、ライバルを不当な手段を使って市場から追い出してしまう競争者の排除という二つの行為に注目します。さらに、合併の審査や、不公正な取引方法の禁止、下請業者を保護する下請法や、商品の表示を偽ることを防止する景品表示法も取り扱います。このように経済法は、市場における競争に関わるあらゆる現象を取り扱っていると言ってもよいのです。

経済法は楽しい

たとえば、経済法を学ぶことで、なぜ、定価、希望小売価格あるいはオープン価格という表現の使い分けが重要になるのか、新日鉄と住友金属がグローバルに競争するために合併すると発表したときに、公正取引委員会がなぜそれを慎重に審査するのか、といった問題の本質を理解することができます。このように経済法では、企業戦略やマーケティングのメカニズムが手に取るようにわかるようになります。また経済法の議論には経済学の考え方が反映されているので、経済学の理解も深まるわけです。
経済法は、実務での重要性が増しています。にもかかわらず、経済法専門の弁護士はまだまだ少ないのが実情です。経済法を身につけると、ビジネス・ロイヤーとして活躍する機会が増えるだろうと思います。


3・4年生の授業 現代政治理論

新しい方法で民主主義を分析する

河野武司(こうの・たけし)教授
担当授業:現代政治理論Ⅰ・Ⅱ


河野武司(こうの・たけし)教授

市民が真の意味で主役となるには

現代の社会において格差の拡大を肯定する人はいないでしょう。それにも拘わらず、構造改革の名の下に進められてきた政府の諸政策が、格差の拡大をもたらしているのが現状です。弱肉強食というジャングルの論理が支配する市場中心の自由競争社会に国民を放り出すことが果たして政治の役割でしょうか。
このような問題意識から本講義ではまず春学期において、現代の代議制デモクラシーに関する様々な理論について紹介し、そこで議論されている機能不全とそれが起こる理由を検討しています。基本的には、合理的選択アプローチという従来の政治学にはない新しい方法から、民主主義を分析した諸理論を取り上げています。
秋学期においては、春学期で検討した代議制デモクラシーの機能不全を、いかに解消しうるかについての制度的方策と人的要素について検討しています。エリートによって主導される民主主義ではなく、市民が真の意味で主役となれる新しい民主主義の形態・制度について考察するわけです。具体的には、インターネットという新しい情報メディアを利用した市民によるより直接的な政治参加の方法と、競争社会ではない共生社会に相応しいより利他的な個人をいかに育成できるかを検討しようというものです。

講義の進め方は講述と板書

私は今日はやりのパワーポイントを使った授業は行いません。講述と板書という伝統的な方法の授業です。それは学生諸君にノートを的確にとることによって、自分だけの教科書を作って欲しいという願いからです。自分が作った自分だけの教科書を、簡単に捨てる人はいないでしょう。講義の概要を記したレジュメなど、人から与えられたものは容易に捨て去ることが可能です。しかしそれは同時に勉強したことを捨てているのと同じことです。さらにはより理解を促進するために、一方的にこちらが話をするだけではなく、必要に応じて受講生に対して質問を投げかけることで、対話を心がけています。
学生の皆さんは、「良き師、良き友、良き本」という三つの出会いを通して、大学という知的ワンダーランドを満喫して下さい。


3・4年生の授業 国際政治論

時代の変化と刑法

法律学科 教授 佐藤拓磨(さとうたくま)先生

社会の秩序を維持するためには、罪を犯した者に対して適切な処罰を加えることが必要です。他方で、どのような行為が犯罪として処罰されるのかがわからなければ、市民は常に処罰の恐怖におびえなければならず、安心して生活することができません。そのため、刑法には、あらかじめ法律に犯罪として定められた行為でなければ処罰することができないというルールがあります。しかし、時代は激しく変化しますので、どうしても、法律を作った時には想定できなかった事象が起こります。最近、話題となった例として、元交際相手の自動車にGPSを密かに取り付けてその動向を探る行為がストーカー規制法上の「住居等の付近において見張り」に当たるかが問題となった事件がありました。GPS機器を誰でも容易に入手できるようになったことから、このような事件が生じたのです。

こうした、立法当時には想定していなかった事件が発生した場合、条文の文言、条文の趣旨、立法経緯などを考慮しながら、その行為を処罰するのが合理的といえるかどうかを判断する必要が生じます。法律の解釈・適用は六法や判例集が手元にあれば簡単にできると思われるかもしれませんが、実はそうではありません。ときにはその判断をめぐって複数の立場が対立し、激しい議論の応酬がなされます。

時代の変化に対応するためには、当然、適宜・適切な法改正や立法も必要です。最近、大きな注目を集めているのが、性犯罪に関する刑法の規定の改正です。性犯罪については、被害者の心理や被害の実態に関する研究が進んだことなどにより、社会の受け止め方が大きく変化しました。そのため、世界各国で規定の見直しが行われています。日本でも2017年に大きな改正が行われましたが、さらなる見直しが検討されています。このように、隣接学問分野の研究成果、社会の価値観の変化、諸外国の動向などに目を配りつつ、あるべき法制度の姿を考えるのも法律家の重要な役割といえるのです。

学生の声

法律学科 Mさん

普段使わない学問でも、その思考過程が《為になる》と、よく聞きます。そして私は、その点において最も《為になる》学問が刑法だと思うのです。日常、刑法に直接関わる機会は多くありませんが、論理的思考が求められる機会は山のようにあります。刑法は、そんな思考を養う最たるものかもしれません。刑罰の根拠が論理的でなかったらやり切れません。

刑法における論点はいくつもの学説が対立し、その解釈は時に刑法全体に波及します。そのため刑法学習は最高の仮定作りの場です。ある学説対立を巡って議論すると、他の論点との整合性、幅広い観点での検討と想像力が求められます。さらに、医事・経済の判例を題材とする佐藤ゼミでは、広範な社会問題との関わりも見逃せません。ゼミで学ぶ刑法の面白さはここにあります。

そして、意見の異なる相手と説得的な主張を展開し意見交換するなか、現代を生きる我々の価値判断という名のバランス感覚を常に研ぎ澄ますことが求められます。この感覚こそ、過去の集積から世界のこれからを想像し解釈する力になると信じます。


AIと法

法律学科 教授 大屋雄裕(おおや たけひろ)先生

たとえば完全な自動運転車が事故を起こしたとして、被害者に対する損害賠償責任は誰が負うべきなのでしょうか。データを誤って学習したことが原因だったとして、車自体やそこに搭載されたAIを処罰することに意味はあるでしょうか。レントゲン写真を分析するAIが癌の影を見落とし、担当医師もその見落としを見落としたという場合はどうでしょうか。
これらはいずれも、いまはまだないが近いうちに実現するだろう技術に関する問題です。現時点の刑法や民法といった実定法をうまく適用することができるのか、適用できたとしてその結果が望ましいものになり我々も納得するものになるのかもよくわかりません。それでも技術進化の方向性を想像し、確実にくるだろう「その日」に備えて適切な結果を導くための法制度をデザインしておくことが社会的に求められているのです。私も、多くのAI研究者や技術者とともにその作業をお手伝いしています。
「世界が根本的に変わる」「これまでの法制度は無用になる」といった声は常に聞かれます。しかし社会や技術の進化に対応して自らの姿を変え続けてきたのが、共和政ローマで作られた十二表法以来、2500年に及ぶ法の歴史です。そこで生み出されてきた理念や概念は、これからの世界を想像し、それにふさわしい制度を創造するためにも役立つでしょう。過去に学び、未来を創り出すことが求められているのです。


民主主義からの後退?

政治学科 教授 岡山裕(おかやまひろし)先生

アメリカの2020年大統領選挙で、再選をめざすトランプ大統領は人種や党派間の対立をあおり、選挙の正当性を認めようとしませんでした。年明けにはトランプ支持派が議会を襲撃する事件まで起きています。

しかしアメリカでは、トランプの登場以前から、人種や階層等の社会的な亀裂と二大政党間の対立が重なる形で、対立党派の人々を嫌悪し危険視する傾向が強まっていました。各州では、敵対する党派を打ち負かすべく、とくに共和党が選挙区の区割りや投票の手続きを操作するなど、民主的な手続きを通じて民主主義の制度的な土台を掘り崩しかねない動きも生じています。

アメリカに限らず、自分達だけが正しいという独善的な見方から反対勢力を敵視する姿勢が、ポピュリズムなどの形で他の国々でも目につくようになっています。政治体制、つまり国全体の政治の大枠に関する研究では従来、一度民主主義が安定すれば、以後体制は変わらないと考えがちで、どうやって独裁国家などを民主政という「ゴール」に導くかに関心が集まっていました。それが、先進国でも民主主義からの「後退」が懸念され、競争的な選挙といった民主的な要素を含む非民主主義体制の存在も注目されるようになっています。

このように、政治学では研究対象となる事象の深い理解と、計量的な分析も用いて幅広い現象を一般的・抽象的に説明しようとする姿勢の両方が求められます。私も、一般的な理論を踏まえつつ、アメリカで二大政党がイデオロギー的に分極化していく過程を歴史的に検討して、民主主義がどのように分断と対決の道にはまり込んできたのかを解明しようとしています。問いの探求には文理の垣根も越える政治学の貪欲な姿勢は、福澤諭吉先生のいう「実学〈サイヤンス〉」の精神に通じるものといえます。学生諸君にも、様々な考え方に触れるなかで「知的な欲張り」になってもらうよう心がけています。

学生の声

政治学科 Sさん

アメリカは日本にとって関係が深い国の一つです。4年に1度行われるアメリカ大統領選挙は日本国内でも注目を浴び、特に候補者の勝敗は大きな話題になります。しかし、大統領選挙を単なる人気投票と言い表すことはできません。数百年前から続く歴史、人種やジェンダーをはじめとする多様な政治争点、二大政党を取り巻くメディアや利益団体の存在など、様々な要素が合わさってリベラル派と保守派のイデオロギー対立が起こり、あの熱戦が繰り広げられるのです。

岡山裕研究会では、アメリカの政治構造や歴史を学び、アメリカの現況や未来を論理的に考えます。身近な存在でありながら、日本とは全く異なる性質を持つアメリカを追究することに面白さを感じるだけでなく、多角的な視点を持って日本を客観的に捉えることに繋がっているようにも思います。更なる情報化や国際化が進む今日において、論理的思考や自国を客観視する姿勢を大事に過ごしたいと日々感じています。


リベラルな国際秩序の終わり?

政治学科 教授 細谷雄一(ほそや ゆういち)先生

今、国際秩序が大きく動揺しています。中国やロシアのような権威主義体制が影響力を拡大していることや、アメリカのトランプ大統領が多国間国際機関やいくつかの国際協定に敵対的な姿勢を示していることなどが、その原因として指摘されています。それとともに、国際政治学の世界では、リベラルな国際秩序が終わりつつあるという議論が頻繁に見られるようになりました。それは、われわれにとっても無関係ではいられない、重大な問題です。
20世紀に2度の世界大戦を経験した世界は、国際政治が暴力や無秩序に支配されることがないように、国際法や国際組織、さらには民主主義や人権といった規範によって支えられるようなリベラルな国際秩序を確立してきました。日本国憲法に埋め込まれた平和主義も、そのような国際秩序と不可分の一体となっています。われわれが国際政治を考える際にも、世界の動きと日本の動きを結びつけて考えることが重要です。
私はこれまで、世界史と日本史、さらには現代と過去を結びつけて思考する必要を強調してきました。慶應義塾は蘭学塾であった頃から「世界のなかの日本」を強く認識していました。福澤諭吉先生も『西洋事情』という書物などを通じて、世界の動き、とりわけ西洋列強の動きに目を向けていました。伝統を自覚しながら、最先端の革新的な知識を導入することこそが、未来を先導する若者には必要なのです。


パンデミックの時代、未来のために創り出せるもの

共通科目 教授 横山千晶(よこやま ちあき)先生

2020年に新型コロナウィルスは私たちの日常と価値観を根底から覆しました。ウィルスは高齢者や少数民族の人々、有色人種など、弱者やマイノリティといわれてきた人々を真っ先に襲ったことで、私たちがコミュニティと呼ぶものの暗部に光を当てました。この社会的不平等は、アメリカで起こったBLM運動と結びつき、世界的な運動を引き起こしました。アフリカ系アメリカ人に対する暴力と差別は、奴隷貿易と植民地支配という同じ人間の搾取の歴史に由来するからです。
また当然のように享受していた文化的な活動がストップした際に、いち早くアーティストの緊急支援を行ったのがドイツでした。3月23日にグリュッターズ文化相の次の言葉を受けて、芸術家を含む自営業者への6兆円の緊急支援が発表されました。「アーティストは、今、生命維持に必要不可欠な存在だ。」イギリスも3月24日に、最初の芸術救済資金、216億円の投入に踏み切りました。日本では、文化庁が支援策を発表したのがようやく7月6日のこと。多額の560億円が用意されたとはいえ、申告の複雑さや使い勝手の悪さは、当事者の目線に立っているとは言い難いものでした。

このような社会問題や意識の違いはCOVID-19が作り出したものではありません。歴史の中で培われてきたものが、今回のパンデミックで顕在化したのです。

そして、ウィルスはこの長い歴史の中で何度も人間を襲い、人々はウィルスとの共存の道を探ってきました。人間もウィルスも自然の一部です。ウィルスとの共存は、人間のレジリアンス(強靭さ)の精神と新たな文化を生み出してきました。
私の専門は19世紀のイギリス文化ですが、19世紀は現在と切り離されてはいませんし、イギリスの歴史から日本にいる私たちが学べることはたくさんあります。そして今ここに生きていることそのものが、過去を引き継ぎ世界に向けての歴史を創り出しているのです。パンデミックの時代だからこそ、未来のために私たちが遺せることはたくさんありそうです。


世界を認識する心の仕組みとそれに由来する人間の誤り

共通科目 専任講師 田谷修一郎(たや しゅういちろう)先生

私の専門は心理学です。特に人が世界を認識する仕組みと、そこに由来する人間の誤りについて興味を持っています。

感覚器官の性質や行動範囲の限界等のため、私達の得ることができる世界の情報はとても狭く限られています。それに対し私達は欠けた情報を補って世界を認識する仕組みを備えています。例えば世界は高さと幅と奥行きからなる三次元空間ですが、目に映る世界は奥行きの欠けた二次元像です。私達はこの欠けた次元を補い、世界を三次元空間として認識することができます。しかしそうして次元をひとつ繰り上げて知覚され意識に上る物の形や大きさは、元の二次元像とはズレたものとなることが珍しくありません。このことは様々な錯視(目の錯覚)の原因のひとつと考えられています。

欠けた情報を補う心の働きが世界の誤った認識をもたらす例は錯視に限りません。例えば、私達は自分のよく目にするものほどたくさんあると単純に思い込む強いクセを持ちます。ためしに、日本国内のコンビニエンスストアと歯科医院、美容室を、数の多い順に並べてみてください。授業でこの質問をすると、ほとんどの学生はコンビニを先頭に並べるのですが、統計を見てみると、美容室が圧倒的に多く、次いで歯科医院、最も少ないのはコンビニです。この話をすると皆とても驚きますが、そもそも店舗数の統計情報を持っている人はまずいないので、正しく答えられないのは当たり前ともいえます。むしろ興味深いのは、なぜか皆店舗数の認識にそれなりの自信を持っている(だからこそ、それが誤りであることに驚く)ということです。このことは、いかに私達が限られた情報から「世界とはおおよそこのようなものだ」という強い、そしてときに誤った信念を形作るかを示しています。多様な情報に容易にアクセス可能となった結果その取捨選択の必要に迫られる昨今、私達が世界を認識する仕組みとその誤りを知ることの重要性は高まっていると考えます。


「ピョンヤノロジー」で北朝鮮を読み解く

共通科目 准教授 礒﨑敦仁(いそざき あつひと)先生

慶應法学部の東アジア研究には伝統があり、多くの研究者を輩出してきました。私はその傍流で、北朝鮮政治を専門にしています。
入手可能な情報に制限がある国家を研究対象にするには、間接的な手掛かりを相互補完的に活用することが必要になります。フィールドワークは不可能ではないものの、自由に歩き回ったりインタビューしたりすることはできません。韓国に亡命した脱北者の話はバイアスがかかっていることもあり、聴取は慎重に進めます。関係国の資料を収集するためにソウル、北京、ワシントン、モスクワなどに足を延ばすこともしばしばです。
しかし、最も頼りになるのは、北朝鮮自身が発信する公開情報の分析だと言えば意外に思うでしょうか。平壌で発行される新聞の論調はいかなるものか、そこに特定の語彙が何回出現しているか、最高指導者に随行する人物の顔ぶれに変化はないか、などを綿密に読み解いていきます。この手法は、ソ連分析で伝統的に行われてきたクレムリノロジーを文字って「ピョンヤノロジー」などと称すべきものです。限界はあるものの、彼らの論理やビジョンを読み解くには有効です。
福澤諭吉先生は、アジア諸国も近代化して独立を果たすべきだとして、朝鮮半島からの留学生を慶應義塾に招き入れました。明治14年のことです。隣国とは衝突も多いですが、感情論に流されず建設的な議論を進めることが重要です。未来を担う皆さんが良き伝統の継承者となることを切に願います。


実証的に真理を追究する学問として物理を学ぶ

共通科目 教授 下村 裕(しもむら ゆたか)先生

私の専門は物理学です。その中でも力学を用いて身近に観られる不思議な現象を研究しています。
17世紀に活躍したアイザック・ニュートンによって創られた力学は、300年の時を超えた現在でも有効な理論です。しかし、その法則を実際の現象に適用して説明することは簡単でなく、いまだにきちんと説明できない身近な現象が数多くあります。
ゆで卵をテーブルに置いて速く回すと立ち上がる、という運動もそんな未解明の現象でした。私は2001年、この問題についてまさにニュートンが居たケンブリッジの大学で共同研究を行いました。その結果、1872年に発見された運動定数が回転ゆで卵の運動にも近似的に存在することがわかり、立ち上がる理由を説明する論文を学術誌ネイチャーに公表しました。さらに、高速で回転させたゆで卵は立ち上がる途中でひとりでに宙に浮く、という信じがたい未知現象も発見し、理論的に予測した上に実験的にも証明することができました。
福澤諭吉は1882年発刊の時事新報に「物理学之要用」という記事を書きました。その中に「我慶應義塾に於て初学を導くに専ら物理学を以てして、恰も諸課の予備となす」という一節があります。つまり、草創期の慶應義塾では、基本的な「実学」(実証科学)として先ず物理学を学ぶという思想があったのです。現在の法学部ではその伝統を受け継ぎ、実験も行う自然科学の授業を履修することもできますし、自然科学を副専攻として研究することも可能です。私はそれらを通し、考えることの素晴らしさを学生諸君に伝えています。