D いじめ

 わが国においては、1960年代の高度経済成長期に地域共同体のつながりが薄れた結果、たとえば、社会で見知らぬ子どもを叱るような人間が減少していった。1970年代にはこのような状況にますます拍車がかかったため、子どもたちの生活にも構造的な歪みが生まれ、健康的な形での遊びも失われてしまった。人間関係を学びつつ築かれる子ども社会の崩壊や、子どもたち自身がつくる「子ども文化」の喪失の結果として現れたものが「いじめ」という人間関係だといえる[i]

 現在、問題となっているいじめ現象が現れはじめたのは、まさにこの1970年代後半である。そして、いじめ問題が社会問題として大きく取り上げられはじめたのが1985年である。

 

1 件数  

 いじめは1985、1986年をピークに急激に減少したとされていたが、1994年11月に愛知県西尾市で起こった中学2年生のいじめによる自殺事件を発端に、その後も全国で連続して起こったいじめによる自殺事件により、子ども間のいじめがこれまでにも増して深刻化していることが確認された。とは言うものの、最近はいじめの一般化・潜在化とともに援助交際や凶悪化する少年犯罪の影響でメディアに登場することも少なくなっている。しかし、実際にはいじめが決して減少しているわけではない。実に多様な形態をとりながら、いじめは学校や社会に深く根づいている。そのために、心に大きな傷を負った結果、様々な犯罪行為に関わることになるという悲しいケースも存在する[ii]

 

(グラフ1)いじめの発生件数の推移

出典:文部省編『我が国の文教施策(平成11年)』大蔵省印刷局(1999)

 

いじめの発生件数は、減少傾向を見せてはいるものの、依然として憂慮すべき状態にある。また、これはあくまで認知された件数にすぎず、暗数が多いと考えられる。水面下で行われているいじめを完全に把握することは非常に難しいため、実際に減少しているかどうかを断定することはできない。

 

(グラフ2)いじめの学校別発生件数(1998年度)

出典:総務庁青少年対策本部編『青少年白書(平成11年)』大蔵省印刷局(1999)

 

ここで言ういじめとは、「@自分より弱いものに対して一方的に、A身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、B相手が苦痛を感じているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないこと」[iii]である。身体的にも精神的にも著しい発展段階にある小学校での発生が最も多く、年齢を重ねるにつれ減少する傾向にある。

 

(グラフ3)いじめの態様(1998年度)

出典:総務庁青少年対策本部編『青少年白書(平成11年)』大蔵省印刷局(1999)215頁

 

いじめの態様については、小学校・中学校では「冷やかし・からかい(小学校29.3%、中学校29.1%)」、高等学校では「暴力を振るう(23.0%)」、盲・ろう・養護学校では「言葉での脅し(21.7%)」がそれぞれ最も多い。また、学校段階が上がるにつれて「暴力」や「言葉での脅し」がいじめの態様に占める割合が増加している[iv]

 

(グラフ4)いじめの解消状況(1998年度)

出典:総務庁青少年対策本部編『青少年白書(平成11年)』大蔵省印刷局(1999)215頁

 

1998年度中に発生したいじめのうち、小学校で約87%、中学校で約87%、高等学校で約93%、盲・ろう・養護学校で約86%が同年度中に解消しているとされる[v]が、実際面でどこまで解消されているかは定かではない。

 

(グラフ5)いじめに起因する事件で検挙・補導した少年の推移

出典:警察庁編『警察白書(平成12年)』大蔵省印刷局(2000)123頁

 

ここでいういじめとは、「単独または複数の特定の人に対し、身体に対する物理的攻撃又は言葉による脅し、いやがらせ、無視等の心理的圧迫を反復継続して加えることにより、苦痛を与えること(ただし、番長グループや暴走族同士による対立抗争事案を除く)[vi]。」である。1999年度中に警察が取扱ったいじめに起因する事件は137件(前年比+39.8%)、検挙・補導した少年は369人(前年比+37.7%)で、ともに増加した。いじめにより少年を検挙・補導した事件について、いじめた原因・動機を見ると、被害少年が「力が弱い・無抵抗」とするものが49件(35.8%)で最も多い。なお、発生場所を見ると、学校外が69件(52.7%)となっている[vii]

 

2 要因

 いじめ、いじめに起因する暴力行為、不登校等、児童の問題行動の背景・要因は実に様々であり、各々の背景や要因が複雑に絡み合っている場合も多い。子どものいじめは、社会そのものが病んでいることへの警鐘と言われるのはそのためである。戦後、日本は経済的・物質的には豊かな社会を作り上げたが、子どもたちを健康に育てていく子育ての力や教育の力を失いはじめていると言える。現代のわが国は、本当の意味での豊かさには程遠い効率至上主義の社会であり、大人は大人で、子どもは子どもで、様々なしがらみの中でもがいている[viii]。中には幼少時に親から虐待を受けた経験が心に大きな影を落とし、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やトラウマとなっていじめ等の問題行動を引き起こしているケースもある。私たちは今、生活のゆとり、心の安らぎといった、本当の意味での豊かさを再考し、価値観の再構築を図るべき時期に来ているのかも知れない。

 

(グラフ6)「いじめられている人をかばうと、自分もやられるかも知れないから、見て見ぬふりをするのは仕方がない」と考える割合

出典:『少年の暴力観と非行に関する研究調査』内部学「事なかれ主義でいじめを黙認」内外教育5107号(2000) 7頁 

      

「いじめられている人をかばうと、自分もやられるかも知れないから、見て見ぬふりをするのは仕方がない」と考える割合については、非行少年が30%に満たないのに対し、一般少年は中学生男子を除き40%以上と大きく上回っている[ix]。全体的にいじめに関わろうとせず黙認する傾向が強い。「自分がいじめられていなければ構わない」とする他者への関心のなさ、いじめをなくしたいとは思っていても実際に行動することのできない葛藤が、いじめを根深いものにさせていると思われる。

 

 

 

 

 

 

(グラフ7)小さいときに親から暴力を振るわれた経験

出典:『少年の暴力観と非行に関する研究調査』内部学「事なかれ主義でいじめを黙認」内外教育5107号(2000) 7頁 

 

非行少年が小さいときに親から暴力を振るわれた経験は、一般少年が小さいときに親から暴力を振るわれた経験の約2倍もの割合を示す。このような経験が必ずしもいじめ等の問題行動に結びついているとは限らないが、幼少時の経験が後々の人格形成に重大な影響をおよぼしている可能性も否定はできない。このことは絶対的な愛嬢があるべき親子関係の形成や、家族内のしつけの難しさを意味しているといえよう。

 

 以上の調査から、いじめ等の問題行動の背景にある様々な要因について簡潔にまとめると、以下の三点があげられる。

@     家庭の問題

近年は核家族化・少子化が進んでいるにも関わらず、男女平等思想の浸透に伴い、女性

の社会進出による両親の共働きが一般化している。このような状況の中では、両親ともに子どもとのふれあいの時間が十分にはとれない。労働時間も短縮に向けた動きが見られるとはいえ、諸外国に比べてまだ長く、職場と自宅を満員電車に揺られて往復する両親に時間的・精神的ゆとりなど持てるはずがない。また、子どもは子どもで受験戦争のために塾や勉強に追われ、家族全員が顔を合わせることは極めて難しい状況にある[x]。このため、家族のコミュニケーションは薄れていき、温かい家庭の構築は困難である。

  A 学校の在り方の問題[xi]

1日のうちで最も長い時間を過ごす場所である学校の在り方は、子どもたちにとって最も重要である。学校では1人1人の個性と人権と可能性が最大限に活かされて、のびのびとした生き方を学ぶこと、それこそが教育のはずである。しかし、実際には、学校は子どもを圧迫し、むしろストレスを生み出す苦痛の場所と化してしまっている。受験戦争に勝利するための早期教育に拍車がかかり、人間としての個性の認め合いや、心からの共感等を身に付けるはずの「子ども時代」といわれる生活がほとんど失われてしまった。このために「できる子」「できない子」の選別化が進み、子供同士の人間観も「勉強ができる」「できない」の二極構造に支配されてしまっている。

また、教育内容についても、命の大切さや、1人1人の個性や人間性を大切にする人権教育が不十分であることは否めない。そして、そういった教育を施すべき教師自身が職場で多くのストレスを抱え込み、精神的にも肉体的にも疲れている者が多い。初任者研修、校長・教頭試験、主任制の導入等によって、行政的に管理されることで、子どもたちにしっかりと目を向けた教師同士の協力体制作りができないことも大きな要因となっている[xii]

B 連帯感が希薄化している社会状況の問題[xiii]

 高度経済成長を経て、日本は豊かな国になった。しかし、それはあくまで経済的・物質

的な側面でしかない。家族同士のつながりはもちろん、親戚付き合いも乏しく、血縁のない地域住民に対してはますます距離をおいた表面的な関係しかない場合が多い。    

 

このような家庭、学校、地域社会のそれぞれの要因が複雑に絡み合った結果、子どもにストレスを堆積させている状況が発生したと考えられる。これらの問題解決のためには、今まさしく欠如している人と人とのふれあい、家庭、学校、地域社会の連携が何より必要ではないかと思われる。

 

(平石 美智)

 

 


[i] 小林臻「6.いじめの問題」小児科臨床49巻増刊号(1996)351頁

[ii] 文部省編「我が国の文教施策(平成11年)」大蔵省印刷局(1999)255頁

[iii] 『児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査』総務庁青少年対策本編『青少年白書(平成

 11年)』大蔵省印刷局(1999)214頁

[iv] 前掲書3 214頁

[v] 前掲書3 214頁

[vi] 警察庁編『警察白書(平成12年)』大蔵省印刷局(2000)78頁

[vii] 前掲書6 123頁

[viii] 小林・前掲論文1 353頁

[ix] 『少年の暴力観と非行に関する研究調査』内部学「事なかれ主義でいじめを黙認」内外教育5107号(2000) 

 7頁

[x] 小林・前掲論文1 355頁

[xi] 前掲書2 258頁

[xii] 小林・前掲論文1 355頁

[xiii] 前掲書2 258頁