インタビュー

1年生からの法律学

法律学科 債権各論 田髙寛貴(ただか・ひろたか) 先生


法律学科 債権各論 田髙寛貴(ただか・ひろたか) 先生

スタートは憲法・民法・刑法から

入学後すぐの1年次から学ぶ法律学の専門科目は、さまざまな法律の基盤をなす憲法・民法・刑法からスタートします。私が担当する「債権各論」は、民法の一領域をなすものです。車に轢かれ大怪我をした、自分を誹謗中傷する記事を書かれた、業者が注文どおりに建物を建てなかった、夫の浮気で結婚生活が破綻した等々、損害賠償請求というのは我々がもっとも身近に接する法律問題といえるでしょう。そのような、社会のなかに見いだされるさまざまな法的義務や損害賠償請求の内容を扱っていくのが、債権各論です。



具体的事例と対話から学ぶ

民法は、数千年にわたり人類が築きあげてきた、紛争解決のための叡智の結晶です。民法学は、様々な紛争に直面し、それを解決するための道具を研ぎ澄ませることに努めてきました。この授業では、民法の諸制度、諸理論が実際にどう紛争解決に資するものかを知ってもらうため、多くの事例を取り上げ、具体的に問題を検討しています。また、法律学で不可欠となる議論は、1年次から開講される少人数科目の「法学演習」等で本格的に行われますが、この授業も、受講生の皆さんの意見を聞き、対話をしながら展開しています。



法を知ることは社会を知ること

人が集まってみんなで何かをしようというとき、そこには必ずルールが必要となります。人間が集団生活を営んでいく、社会を構成していくときに必要となるルール、それを国のレベルで考えたものが「法」です。法は社会のルールですから、ルールを知ることは社会を知ることを意味します。法律学を通じて、社会のしくみや人間関係のあり方を分析する視角を体得し、また、客観的多角的に冷静な目で物事を見通し判断する力、さまざまな立場の人を説得できる論理的な思考を養ってもらえたらと思っています。

1年生からの政治学

政治学科 政治学基礎 河野武司(こうの・たけし)先生


政治学科 政治学基礎 河野武司(こうの・たけし)先生

出発点としての政治学基礎

政治学に関して言うと、日本において最も多くの専任教員と科目とを擁しているのが、慶應義塾の政治学科です。専任教員の数は30人を超えます。政治学に直接関連する科目は200以上になりますが、少人数による30余りの演習科目と20余りの講義科目が1年生から学べる専門科目として日吉キャンパスで開講されています。政治学科では政治学を、政治思想、政治・社会理論、日本政治、地域研究・比較政治、国際政治の5つの分野に分けています。これらの分野のいずれかを自身の専門として3年次以降に三田キャンパスでより深く学んでいくことになります。どの分野を専門とするにしても、そのための出発点となるのが、必修科目として1年生に対して開講されている「政治学基礎」です。



政治における基礎的概念・理論・現実

政治学基礎では、政治学を専門的に学んでいく上で必要となる基礎的な概念や理論を思想史上の展開や現実の政治を例としながら説明します。政治とは何か、政治学とはどのような学問かということはもちろんのこと、理想の政治を実現していくための前提となる正義や平和、支配の正当性などの概念、民主政治を支える三権分立や選挙制度をはじめとする様々な政治制度、さらには国内や国際的に展開される現実政治に関する様々な理論などです。



政治学の目的

古代ギリシアの都市国家アテナイにおいて、ポリスを運営する技術としての政治を研究対象とする学問として体系化された政治学という学問は、最も古くから存在する社会科学です。その長い歴史の中で常に問題としてきたものの一つが、理想の政治をいかに実現し、よりよく作動させていくかということです。そのことを自分自身の問題として考え、より望ましい政治社会の実現に自発的に貢献できる良き市民を育成することが慶應の政治学の大きな目的です。

日吉で学ぶ先輩たち 法律学

新たな友人と勉強も遊びも全力投球

法律学科


法律学科

私が法に興味を持ったきっかけは、高校時代に演劇部で、政治的・社会的メッセージを多分に含む野田秀樹の戯曲を上演したことでした。私が学ぶべきは日本や世界の動向、社会の仕組みであると強く感じました。世の中の大前提である法律を学ぶとともに、多彩な分野の学問に触れたいと思っていた私にとって、充実した開講科目・自由度の高いカリキュラムを持つ慶應義塾大学法学部はとても理想的でした。
大学では、高校とは違い、自分が学ぶ内容を自分で決めることができます。自分がどんな知識を得たいのか、どんな素養を身につけたいのかを自ら考え選択していく行為は、将来の展望を描く上でとても役立ちます。私も、自分が本当に好きなことは何か、どんな道に進みたいかを熟考しながら、法律学科目をはじめ、文学や経済学など、多様な分野を勉強しています。また、好奇心と意欲を持って生活することを心がけ、現在はサークルやスクールで演劇、落語などを学んでいます。
それでも上京したての頃は、何でも一人でやらなければいけない不安と家族がいない心細さでいっぱいでした。一人暮らしは新しいことだらけですが、全てが自分の大きな成長に繋がると思うと楽しさを見出すことができます。そして、何よりも私を支えてくれたのは、大学の友人です。慶應義塾には様々なバックグラウンドを持った人が集まっていて、自分の世界を広げてくれる、そして心細さを癒してくれる良き友達が必ず見つかります。この友人たちと切磋琢磨し、勉強も遊びも全力でやることが、大学生活を充実させるカギだと思います。

自分が磨かれていく手応え

法律学科


法律学科

私が慶應義塾大学法学部法律学科の受験を決めたのは、かねてから興味を抱いていた法律学だけでなく、政治学科の科目も同時に履修できることが、自分の求めていた理想の環境だと確信したからでした。
法律学の講義は、民法、刑法、憲法をインプットするだけではなく、実際に条文を引用し、判決を論述するなど、実践的なアウトプットが求められます。この環境は、厳しくも知的好奇心を刺激するもので、期待にたがわぬものでした。2年時には、特に関心を持った民法について、債権、物権の講義を受ける傍ら、自ら学習を進め、宅地建物取引士の資格を取得することができました。これは、常に実践的な学習が求められる慶應だからこその成果だと思います。
また、法学部には、集中的に外国語を学習するインテンシブコースが設置されています。「どうせなら」と、負荷を覚悟の上に私はスペイン語インテンシブコースを選択しました。授業やテストが通常の倍あるので、予習復習は大変ですが、その分、語学力が向上したことはもちろん、苦楽を共にするクラスメートと良い関係を築くことができました。インテンシブコースを選択したことは、間違っていなかったと確信しています。
求めれば求めるだけ勉学に打ち込める日吉生活を終え、次なる三田生活がいかなるものか心が踊ります。

日吉で学ぶ先輩たち 政治学科

政治学科での充実した毎日

政治学科


政治学科

私は、国際関係に関心があり、政治学を学びながら、国際社会で求められる幅広い教養を得られる学部に進学したいと考え、慶應義塾大学法学部政治学科を選びました。
慶應義塾の政治学科は、日本で最も多くの政治学科目を設置しています。中でも演習という選択科目は、特定のテーマに絞った少人数制の授業で、プレゼンテーションやディスカッションなどを行いながら、教授と学生が近い距離で関わることができます。学年に関係なく履修できるので、上級生も多く、ともに授業を受ける過程で、様々な刺激を受けています。
さらに、政治学に限らず、社会学や経済原論などの社会科学科目、特定の国や地域を多角的な視点から探求する地域文化論などの人文科学科目、文系の枠にとらわれない化学や物理学などの自然科学科目など、多彩な分野の科目を履修できるのも大きな魅力です。外国語に関しても、外国語が主専攻の大学と同程度の内容の授業を受けることができていて、自分の毎日の勉強が本当に充実していると感じます。
この素晴らしい環境を最大限に活用しながら、主体的に考え、選択し、行動できる人間であり続けたいと思います。

挑戦してよかったFIT入試

政治学科


政治学科

私が法学部のFIT入試受験を決めたのは、一度入学した他大学で、興味分野や将来について改めて考え悩んでいた時です。地方出身者枠があるだけでなく、学びへの熱意や人物像が評価される入試形態は、再挑戦を試みる私にとって大きなチャンスだと感じました。
FITではまず、志望理由書や活動に関する資料を提出します。その作成過程では、政治学科のカリキュラムや教授について事細かに調べるのはもちろん、自分のこれまでの選択を反省し、性格と真摯に向き合うことが求められました。また、社会と自分とのつながりを明確に意識したことで、それまでにはなかった視点から将来を考えられるようになったと実感しています。論文試験や面接等に臨む際には、知識を蓄えるだけでなく、自らの考えを効率的に伝える術を磨く必要がありました。
FIT入試に挑戦する大きな意義は、将来から逆算して大学生活をシミュレーションし、大学を最大限活用する方法を熟考できることではないでしょうか。その過程で得た経験は私自身の成長にとって計り知れず、入学後も私の大きな糧となっています。私のような地方出身者にも門戸が開かれているので、学びへの熱い思いのある人にはぜひ挑戦して欲しいです。日吉での2年間を終えようとしている今は、入学前からの興味分野を三田キャンパスで掘り下げることをとても楽しみにしています。

1・2年生の授業 外国語

自己を形成する外国語学習を

ロシア語 熊野谷葉子(くまのや・ようこ) 先生


ロシア語 熊野谷葉子(くまのや・ようこ) 先生

法学部は2種類の外国語を学ぶ

ロシア語で「教育」は≪образование(オブラザヴァーニエ)≫と言い、「形成」と同じ言葉です。教育とは人間を形成する過程である、というこの考え方からすると、高校までのオブラザヴァーニエは教え育んでもらった第一段階、大学は自らを形成する第二段階と言えるでしょう。自分で専攻を選び、授業を選んで自己をかたちづくる、大学はそういう場です。
ところがそこに、必修科目としての外国語が控えています。法学部では2種の外国語を少なくとも週2回ずつ、2年間学びます。



語学学習は体験そのものを楽しんで

ですが、正直なところこの時間数で初習外国語の優れた使い手になることは困難ですし、単位を取り終えて勉強をやめれば文法も単語もたちまち忘れてしまうもの。まして将来使う可能性の低そうな外国語(たとえばロシア語??)の学習が、いったい何の役に立つのでしょう。
と、思いながらぼんやり授業に出ていると、授業の時間は無駄に過ぎ、宿題とテスト勉強には余計に時間がかかります。それよりも、「Жって変な字!」「格変化が6つ?ありえない...」「ボルシチってそれで赤いのか―!」といちいち大騒ぎしながら(教室で騒げという意味ではなく)、語学学習の体験そのものを楽しんでください。単語は後で忘れてしまっても、外国語とその文化に触れた記憶は貴重な財産ですし、社交辞令が言える、辞書があれば読み書きできる、というのは素晴らしい能力です。もちろん当該言語圏の文化や考え方を知って視野を拡げるのが重要なのは、言うまでもありません。
法学部にはさらに、ひとつの語学を週4回学び、4年生まで継続して鍛えられるインテンシブコースもあります。地域研究を専門にする人、外交や貿易のかけはしになりたい人のために、基礎となる語学面をサポートし続けるのも、私たち教員の仕事です。

1・2年生の授業 自然科学

科学する力で思考を磨く

化学 志村 正(しむら・ただし)先生


化学 志村 正(しむら・ただし)先生

自然科学の重要性

慶應義塾という名が生まれた1868年、福澤諭吉先生は、『訓蒙 窮理図解(きんもう きゅうりずかい)』という日本で最初の科学入門書を著しました。先生は、日本人のほとんどが科学的な思考力をもっていないこと、つまり日本固有の文明そのものが窮理学(物理学)の原則を欠いていることに危機感を抱き、この本をはじめ、再三にわたって自然科学の重要性を説いてきました。しかし残念ながら、150年経った今でも、我が国の理科離れ傾向に変わりはありません。その一因として、高校までの理科や数学の授業では、理論が組み立てられていく途中経過や根本となる原理にまで深く踏み込んだ教育をする時間がなく、自然科学の面白さを十分に伝えられていないことがあげられます。



法学部の自然科学

法律学や政治学が成立してきた過程では、自然科学的な思考法が大きな役割を果たしています。法学部でこれらの社会科学を専攻することになる皆さんにとって、自然科学の細かい知識を得ることは、さほど重要ではないかも知れません。むしろ物事を疑ってかかり、論理的に考察して、その理由を理解したうえで原理や法則を導いていくといった自然科学的な思考力を身につけることが大切です。法学部では、講義と実験を半分ずつ行う物理学、化学、生物学といった実験科目、心理学、数学、統計学、特論や総合講座など多くの科目を履修できるように用意しています。自然科学は、決して公式や法則の暗記科目ではありません。大学で本来の自然科学を存分に楽しみ、科学する力と心を養いましょう。

1・2年生の授業 語学

日吉時代の学習がその後を決める

語学・中国語 林秀光(りん・しゅうこう) 先生


語学・中国語 林秀光(りん・しゅうこう) 先生

1年生のうちに一生ものの発音を

4月は出会いの季節です。初めてのクラスに足を踏み入れるとき、いつも心によぎる思いがあります。なにかのご縁で、これから一緒に中国語を勉強するのだな、と。1年生から4年生までわたしのクラスに在籍する学生もいますが、就職活動を終え、一段と凛々しくなった姿に1年生の時の初々しさが思い出され、感無量の気持ちになります。
法学部中国語共通して、1年生のうちに、「一生もの」の発音を徹底的に叩き込みます。中国語の声調やきれいな響きを覚えてもらうために、わたしのクラスでは、漢詩や童謡を暗誦することもあります。2年生は他クラスの会話、読解とのバランスをとりつつ、わたしのクラスでは主として文法を系統的に勉強します。



中国語が人生を豊かにする

文法の勉強が好きな学生と苦手な学生がいますが、伸びる学生はきちんと文法も理解しているものです。わたしは、はったりはやめよう、文法を正しく自信をもって発話するようにしようと念を押しています。3、4年生になると、日吉時代にがんばった学生は目立って伸びます。それまで勉強したことを見直しつつ、さまざまな文体の中国語を読んだり、四字熟語や故事を覚えたり、中国語の「息づかい」が感じられるように、楽しんで学ぶことができます。
慶應義塾大学法学部は、日本における現代中国研究の中心としても有名です。大学で習った中国語は、学問あるいはビジネスの世界で日中関係に携わろうという君の人生を豊かにするでしょう。

専門的かつ実用的な中国語

法律学科学生


仕事で使える中国語をめざして

私は中学生の時に上海に住んでいたので、せっかく親しんだ中国語を将来仕事で使えるレベルにしたいと思っていました。しかし、週2回×2年間の大学の第2外国語クラスだけでは、なかなか将来活かせるレベルの言語は身につかないとも聞いていました。そこで履修することにしたのが、法学部のインテンシブコースです。インテンシブコースは、週4回の授業が3年間あるので、大学在学中に専門的かつ実用的な中国語が身につく、他にはないような魅力的なコースだと感じました。
中国語を学ぶということは、単なる語学ツールの獲得にとどまらず、その背景となる国民性や悠久の歴史も学ぶことになります。実際に私も、深く中国語を学ぶ中で歴史や漢字文化を共有する日中間の意外な差異を知ることができました。
また、私のように既習者であれば、インテンシブコースでも週2回分を外国語センターの上級クラスに替えて選択することが可能です。小説の翻訳など高度な中国語も学びました。



興味関心が同じ仲間と一緒に

クラスメートとは、必修の法律科目の授業だけでなく、中国語の授業で週4回一緒に学ぶ機会があるので、とても親密になることができます。 何より中国と法律という興味分野を共にし、国際事情などにも幅広く関心のある活動的で意識の高い仲間と出会うことができ、度々学外でも集まって語りあうほどです。
教科書の課文などの暗唱の宿題が毎回あるのですが、皆、しっかりと覚えてくるので、私自身も、中国語学習に割く時間は自ずと増えます。しっかり準備をして授業に臨むことで、授業で習ったことが定着し、事前に問題を解いておくことで授業中に自分がわからないところを意識して聞くことができるようになりました。
今は、充実度の高い授業で発音を一から練習し、最終的には難解な翻訳までできるようになりたいと思っています。そして、中国語検定やHSKなどの資格も取って、就職に活かしたいと考えています。

1・2年生の授業 人文科学

歴史を振り返り、今を学ぶ

人文科学・歴史 片山杜秀(かたやま・もりひで) 先生


人文科学・歴史 片山杜秀(かたやま・もりひで) 先生

無理を重ねてきた近現代の日本

広島、長崎、アウシュヴィッツ。20世紀の悲劇の舞台です。そこにチェルノブイリや21世紀に入ってからの福島を加えられるかもしれません。二つは原爆投下、二つは原発事故、一つは大虐殺。五つのうち三つまでが日本での出来事になります。
この国は世界の中でも特別に呪われているのでしょうか。まさかそんなことはありますまい。近現代の日本は、世界でも飛び抜けて背伸びしてきた。無理に無理を重ねてがんばってきた。そのせいで成功したこともいっぱいある。しかし背伸びをすれば転びやすくもなる。それゆえに悲劇の発生率も高くなる。そう考えることはできないでしょうか。



関連領域を学ぶことで見える視座

私は近現代の日本の思想や文化の歴史にとりわけ興味を持っています。具体的に言えば、二つの世界大戦の時代、さらに戦後の政治思想や社会思想、哲学や文化芸術です。そこには多くの実りがある。けれど無理をしすぎたゆえの失敗や悲劇もある。今の日本はそういう教訓を学んだり忘れたり、とにかくその積み重ねの果てに出来ている。やはり温故知新です。歴史を振り返ってこそ初めて今を学ぶ視座も獲得できるというものでしょう。
みなさんは法律や政治に興味を抱かれて法学部を目指されるのだと思います。しかしそれだけをいきなり極めるということは、当たり前ですがありえません。前提や関連領域をよく知ってこそ初めて見えて気づいて閃くことも多い。歴史を含めた人文科学の諸講座は、そのために用意されているのです。

筋道を立て歴史を学ぶ

法律学科学生


音楽ファンとしても楽しみだった授業

片山先生は、私のような音楽好きの間では言わずと知れた気鋭の音楽評論家でもいらっしゃいますから、秋学期の「音楽を通しての日本近代史」は音楽ファンとしても注目の講義でした。
また、春学期の「日本陸軍の思想と行動」の講義は、第一次世界大戦以後、第二次世界大戦における「玉砕」、「体当たり攻撃」や「神がかり的精神主義」に至るまでの陸軍思想の筋道を解き明かす事を目標とされました。日本軍といえば、1945年8月に至るまで大勢の日本国民及びアジア人に犠牲を強いた、狂気的精神主義の権化のような体質の組織である、というような印象がありました。しかし、第一次世界大戦後の時点では日本と欧米諸国の国力を冷静に比較し、「対ソ防衛戦」に限定した短期殲滅戦が精神主義の本来の現実的な帰着点であったと学びました。この点で、自分の日本軍というものに対する評価や価値観が一面的であることに気づかされました。



歴史学とは現代へのフィードバック

太平洋戦争の期間に作曲された音楽に琉球やジャワの旋律が使われていたり、大東亜共栄圏のイメージとしての雅楽を模した管弦楽曲が作られたりしたことは当時の文化的特徴の一つであったといえます。そもそも軍楽隊が明治以降の日本における西洋音楽受容の出発点でしたし、植民地統治や戦意高揚のためにも音楽は用いられました。終戦までの軍思想と音楽思想はかなり密接に関連しており、そういった背景を通して音楽作品に触れることで、より深い解釈が可能となりました。
さまざまな歴史的事実に隠された文脈や思想を探ることは一種の「謎解き」であり、断片的な事柄の数々が、ある文脈や思想によってひとつの筋道でつながったとき、私たちは真に歴史の包括的理解を深めることができると思います。そして、その「謎解き」によって判明した文脈や思想は何らかの形で連綿と今につながっており、過去から今を見つめ直すきっかけになり得ます。そのような「現代へのフィードバック」が歴史学の眼目の一つではないかと考えています。

1・2年生の授業 自然科学

科学的視点と判断力で探る

自然科学・生物学 小野裕剛 (おの・ひろたけ)先生


自然科学・生物学 小野裕剛 (おの・ひろたけ)先生

社会問題と密接なかかわりを持つ生物学

「法学部なのに自然科学?」と聞かれることもありますが、法律や政治の対象となるのがヒトという生物の活動である以上、科学的観点を避けることはできません。とはいえ、基礎的な内容だけでは眠くなるばかりですから、私のクラスでは「民間の遺伝子検査の問題点と規制のあり方」とか「感染症と公衆衛生行政の問題点」といった社会問題と関連づけながら、問題解決に必要な知見について分子生物学を中心に解説しています。法学部に学ぶ皆さんが科学的内容を含めて問題点を正しく理解し、的確な判断力によって上手な社会的合意点を見つけてくれることを期待しています。



ロールプレイング形式で表現力を鍛える

自然科学科目にはもう一つの目的があります。福澤諭吉先生は『物理学之要用』の中で「初学を導くに専ら物理学を以ってして、恰も諸課の予備となす」と述べられ、自然科学の持つ論理性が全ての学問の基礎となることを示唆されています。日吉キャンパスでは文系学生向けに【実験を含む】科目を大規模に設置しており、これらの科目こそ、実験結果を論理的に検証し、レポートを作成する過程を通じて「諸課の予備となす」ための科目なのです。
私のクラスでは表現力をより鍛えるために、自らを企業の研究員や医師であると仮定してクライアントに対して研究開発や医学検査の意義を説明する、いわゆる"ロールプレイング形式"での課題設定を行っています。

生物学は社会とつながっている

政治学科学生


より論理的なレポートを追求

講義は穏やかでユーモアいっぱいだが、レポートは緻密で妥協を許さない―。
私の感じた小野先生の第一印象です。例えば、先生のレポート指導は徹底的で、どこまでも論理性を貫くことが求められます。私の最初のレポートの評価は酷く、びっしりと朱筆が入ったレポートが返って来た時は悔しさでいっぱいでした。しかし、指摘された点を改めていくうち、徐々に論理的なレポートが書けるようになり、先生の実は非常に面倒見のよい一面を感じるようになりました。
生物学の基本的な事象が、実は社会問題と深く結びついている―ストーリー性のある授業では毎回が驚きの連続です。法学部生にとっての生物学とは、法学や政治学を考える上での欠かせない判断基準です。授業で、「タバコは依存性があるので、急に禁止すると麻薬のように反社会的勢力を利することになる。政治家が喫煙者をなくしたければ、こっそりと増税し、新たな喫煙者を作らないことが重要」とありましたが、このような政策は、生物学の知識がなければ立てることはできません。また、法学においても生物学の知識がなければ、判断できない事件は多くあります。専門科目にもいかせる深い知識が慶應の生物学で学べるのです。



ロールプレイングで将来を考える

実験とレポートは最も大変でした。実験は多くの場合ロールプレイング形式で、医師や企業研究員になりきってレポートを作成します。例えば、医師になりきって、ヒトの大腸ガンの切片を観察し、ガンの転移の有無を判断して患者に抗がん剤治療を薦めるレポートを書きました。なりきる職業によって、レポートを読む相手も変わるので、レポートの構成や説明の仕方には苦労しました。その代わり、的確なまとめ方をできた時の達成感は格別です。また、実験を通し、理系の職業を疑似体験することで、それらの職業を法学部の出身者として、将来どのようにサポートできるかを考えるようになりました。

3・4年生の授業 国際刑事法

「古くて新しい」国際刑事法

フィリップ・オステン教授
担当授業:国際刑事法


フィリップ・オステン教授

国際刑事法とは何か?

国際刑事法は、日本では講座が設置されている大学がまだ少なく、慶應義塾でしか学べない科目の一つであるといえます。国際刑事法には、広義の国際刑法と狭義の国際刑法という二つの側面があります。前者は、「国際法の刑事法的側面」(国際社会全体の関心事たる「中核犯罪」の訴追・処罰など)、後者は、「国内刑事法の国際的側面」(刑法の場所的適用範囲、刑事事件における外国との協力など)を扱う学問領域です。



広義の国際刑法――戦争犯罪・国際法廷と日本

広義の国際刑法では、ナチス・ドイツによるホロコーストや日本の戦時中の犯罪とその後のニュルンベルク裁判・東京裁判、冷戦後の旧ユーゴスラヴィアやルワンダにおける虐殺、現在ニュースを賑わせているいわゆる「イスラム国」など、最も重大な犯罪である中核犯罪――ジェノサイド罪・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪――の責任者をどのように訴追・処罰すれば良いのか、という難題を扱います。2002年に創設された国際刑事裁判所(ICC)では、目下、コンゴ民主共和国やスーダン・ダルフール地方などにおいて発生した事件の審理が進められており、2014年には上訴審で有罪判決が初めて確定しました。そんな中、2007年にICCに加盟した日本は、これまでのところあまり存在感を示せていません。本授業では、戦後に東京裁判を経験した日本だからこそできる貢献についても考えます。



狭義の国際刑法――刑事司法のグローバル化

狭義の国際刑法では、日本人が海外で遭遇する犯罪や日本での外国人犯罪を題材に、刑法の適用範囲の問題から、犯罪人の引渡し、外国との捜査協力、受刑者の母国への移送に至るまで、幅広く勉強します。加速度的にグローバル化が進行している現在、従来の刑事司法制度では対応しきれない問題が数多く生じています。インターネットを利用した犯罪や外国人被疑者の国外逃亡の問題などがその最たる例です。このような問題を抱える日本の刑事司法はどのような変革を遂げていくべきか――授業に参加している全員でアイディアを出し合います。

国際刑事法で多面的な視点を学ぶ

法律学科


法律学科

自らの学習意欲を追及する

日吉では法律学の基礎を学び、三田ではより専門的に法律を学ぶ。とは言っても、いわゆる「六法」が法律のすべてではありません。私が受講していた国際刑事法は、犯罪人の引渡しなどの「(日本)刑事法の国際的側面」と、ジェノサイド罪のような重大犯罪の国際的な処罰に関する「国際法の刑事法的側面」を扱う法分野です。
私は、高校時代からの長年の刑法への興味と、将来国際的な場面で働きたいという意識から、国際刑事法という分野を扱うオステン研究会に入りました。法律学を学ぶにあたって、六法科目を徹底的に勉強する道もあるのでしょうが、私自身、大学生活は自分が勉強したい分野を選択し、自由に学んでいく場であると考えている為、研究会でも勉強している国際刑事法をより多角的かつ深く学びたいという気持ちから、本講義を受けることに決めました。
講義は比較的少人数で、教員による一方通行の情報提供に留まらない点が特徴です。六法や条約集を開きつつ、オステン先生と受講生との双方向のコミュニケーションにより講義が進行していきます。国外に逃亡した被疑者の身柄引渡し問題や、東京裁判その他の国際刑事裁判の映像資料による紹介もあり、毎週の講義は大変興味深い内容でした。
また、この講義の醍醐味ともいえるのが希望制の授業内発表です。4人グループで一つのテーマについての発表を行うことで、国際刑事法の知識をさらに深めることが出来ます。多様な切り口で国際刑事法を学んだことで、理解や関心を深めることができました。



法律を勉強し世界を広げる

私は企業への就職を考えています。働くに際して、どの分野へ進もうともグローバル化が求められる今日、諸外国との連携は欠かせません。世界を舞台に働くうえで、自身の価値観だけに捉われず、多面的な視点から物事を見ることが必須であると考えます。国内法の理解も当然重要ですが、それに加えて、多くの国家の関わりの中で刑事法がどのように登場するのかについての理解を深めることで、国内法の勉強だけでは見えてこない、様々な課題についても知ることが出来ると思います。
国際刑事法を勉強するからこそ国内法の理解も一層深まり、また自身もより広い視野を得ることが出来ると感じています。とてもお勧めの講義です。

法律でグローバルに

法律学科学生


ふとした気持から受講した国際刑事法

日吉の2年間は憲法・民法・刑法と、国内法の基礎を学び、いよいよ三田に移ってからは、より幅広く法律を学ぶことになります。しかし、いわゆる「六法」が法律の全てではありません。多種多様な法律の講義が設けられている中で、ふと国内法と外国法との関連性が気になり、国際刑事法の講義を受けることに決めました。授業は大教室での講義ではなく、3年次から始まる「研究会(ゼミ)」に近い少人数型で、先生が用意してくださったレジュメをもとに、六法そして条約集を使いながら理解を深めていきます。
講義の進行としては、学期の半分を使って「狭義の国際刑法」、残りの半分を使って「広義の国際刑法」という二つの視点から内容を取り扱っていきます。授業の始めに、復習として、前回の講義内容を先生がランダムに質問をしてくださるので、どこが重要なポイントだったのかを明確にできます。また、この講義の醍醐味とも言えるのが「授業内発表」です。発表はあくまで任意で、参考文献を提示していただける上に、発表前にTAの方を通して内容整理(調整)をしてもらえるので、我々学生であっても十分な内容に仕上げることができます。将来就職してからも、プレゼンテーションする機会は巡ってくるでしょうから、チャレンジしてみることをお勧めします!



法律を勉強して世界を広げる

将来私は企業への就職を考えています。働くに際して、どの分野へ進もうともグローバル化が強く求められている今日、外国との連携は欠かせません。その為にも、多面的に物事を見ることが必要であり、法律の理解も重要です。その為の一歩として、国際刑事法の授業で条約等を学ぶことに意義があると思いました。やはり国内法を十分理解することが先決ですが、それにとどまっていては、自身の視野が十分に広げられないのではないでしょうか。国内法の理解を深めるため、そしてより広い世界を見るためにも、興味のある方はぜひ受講してみて下さい。

3・4年生の授業 労働法・社会保障法

人の暮らしを支える法律

内藤恵教授
担当授業:労働法・社会保障法


内藤恵教授

労働法とは何か?

現代社会では多くの人々が企業で働き、賃金を得て生活しています。しかし労働者は、使用者である企業に比して弱い立場に立つことも多く、時には劣悪な労働条件下に置かれます。働く人の権利が不当に侵害されないように、国家は多数の法律を制定しています。労働法とは、それら労働者保護に関する法律群の総称です。
例えば労働契約を締結する際には、労働基準法が定める労働時間や賃金に関する条件を充足する必要があります。最低賃金法は賃金の最低基準を定め、不当に安い賃金を規制します。過労死・過労自殺等が生じた際には、労働災害として使用者の安全配慮義務違反が問われます。パートタイマーや派遣労働者に対する様々な保護法もあります。労働法は、労働者が健全な職場環境で働けるようにコントロールし、労使間の様々な法的問題の解決を図ります。



社会保障法とは何か?

社会では貧富の格差が拡大しています。憲法第25条は「生存権」を定め、国民の幸福な生活を保障します。例えば生活保護法は、貧困というリスクを負う世帯に対し、最低限度の生活を保障します。貧困家庭で育つ児童に対しては、児童扶養手当法が特別な手当制度も定めます。
あるいは病院に行く時は医療保険を利用します。また労働災害が起きた際には、労災補償保険が療養補償・休業補償・遺族補償などを行います。このような社会保険も社会保障法の一領域です。公的扶助、社会福祉、社会保険の全てをふくむ総称が、社会保障法なのです。



労働法・社会保障法の意義

当分野は現代社会特有の問題を扱い、国民の幸福な生活を支える様々な法制度を考察します。例えば女性労働力の活用には単に労働法上の保護だけでなく、ワーク・ライフ・バランスを保つ為の社会的支援システムが必要です。労働法と社会保障法は、多くの点で相互に有機的関連性を有し、互いに支え合って社会の発展に寄与しています。

労働者の問題を法的視点で考え抜く

法律学科


法律学科

新聞を読んで抱いた労働問題への関心

私が労働法に関心を抱いたのは、過労死や残業代未払い、セクハラといった労働問題について、毎日のように新聞で目にしていたからです。労働者をまるでモノとして扱うような実態に憤りを感じました。そこで「働く人々の権利を守る」労働法が果たす役割や、いまなお労働者が抱える問題を、法的な視点から学ぶことに決めたのです。
また、「女性の働き方」にも興味があったため、いわゆる「130万円の壁」の仕組みを持つ社会保険制度や、保育などの児童福祉についても深く学びたいと考えていました。



問題を発見し、考える

たくさんの裁判例を用いた労働法の授業では、単なる知識の暗記ではなく、これまでに形成されてきた法理への理解を深めることができます。社会保障法の授業では、現実に起きている問題を知り、多岐にわたる制度をしっかりと学んでいます。様々な社会問題を解決するために、どのようなアプローチが必要なのかを考えさせられる授業です。
内藤先生の労働法ゼミナールでは、研究テーマを設定して報告を行います。私はこの1年で、配置転換、高年齢者の雇用政策、パートタイマーと社会保険などのテーマに取り組みました。それぞれのテーマに対して問題意識を持ち、たくさんの文献にあたり、とことん考えて、ゼミ生や先生と議論を重ねながら問題の本質をつかんでいくことは、多くの学びを与えてくれました。



ゼミナールで得た力を生かして

労働法・社会保障法の学習を通して身に付けた物事の見方や考え方こそが、将来の私を支えてくれるように感じています。内藤先生は、「その資料からあなたは何を知り、何を考えたの?」とよくおっしゃいます。受け身で知識を得るのではなく、自ら思考すること、更には分かりやすく発信していくことの重要性を教えてくださいました。社会に出てからも、様々なことに問題意識を持ち、自分の頭で考え抜くことを大切にしていきたいです。

3・4年生の授業 会社法

会社に関わる人たちを調整するルール

杉田貴洋(すぎた・たかひろ)教授
担当授業:会社法


杉田貴洋(すぎた・たかひろ)教授

会社法とは?

商売を始めるには、ふつう、店舗、機械、設備などを調えるために"先立つもの"が、それもまとまった資金が、必要になります。一人ではなかなか必要な資金を賄いきれないとすると、ほかの人と資金を出し合って、共同して商売を始めることになるでしょう。そのようにしてできた出資者の仲間(カンパニー)の団体を一つの企業主体として、あたかも社会における一人の人(法人)としてその活動を認める仕組みが会社の制度です。
会社法は、会社に関わる者の間で利害が対立する場合に、それを調整するルールを定めるものです。例えば、会社の経営が傾いて銀行や取引先への借金の返済が滞ることになれば、出資者の責任が問われることになります。会社には、株式会社や合名会社など4種類がありますが、その区別は、主として出資者が会社債権者にどのような責任を負うかによってなされます。
株式会社では、株主(株式会社の出資者)には会社の経営権限が認められておらず、株主総会で選んだ取締役に会社の経営が委ねられます。これは、株式会社に特に認められているもので、経営の専門家に会社の運営を任せ、効率的な経営を実現できるメリットがあります。しかし他方で、取締役の怠慢によって株主の利益がないがしろにされるかもしれません。取締役が違法な手段を用いて手っ取り早く金儲けをしようとするおそれもあります。そこで、取締役をチェックする権限を有する機関として監査役や会計監査人といった制度が用意されています。分裂しがちな、株主の利益と取締役の利益とをできるだけ一致させるような工夫も求められます。



会社法とコーポレート・ガバナンス

取締役に、法に遵った経営をさせつつ、同時にいかに効率性を追求させるかが、いわゆるコーポレート・ガバナンスの問題です。これには、会社法上いかに制度設計するかという立法の問題と、会社法のルールを前提にいかに運用するかという問題とがあります。一国の経済力にも関わる重要な課題です。

「生きた法」である会社法を学ぶ

法律学科学生


グローバルでダイナミックな会社法

会社法の特色は、企業の活動にあわせて臨機応変に法改正がなされる、そのダイナミックさにあります。会社法の改正が企業に新たな規範を与え、企業のとる行動が新たな法改正を要求する。より円滑な企業活動のため、国内だけでなく、世界のビジネス動向にも対応し、迅速な法改正が求められます。また、判例を学ぶことで会社法がどのように適用されるかを知ることができます。まさに「生きた法」である会社法を学べるのが杉田先生の講義です。



会社法の「考え方」を学ぶ

刻々と変化する会社法を学ぶ上でいちばん重要となるのは、流行を追うことではなく、基本的な概念をしっかりと固めることです。例えば、「株式会社」や「代表取締役」などの用語は、日常的な会話でも使われており、何となく分かった気になっていますが、法律用語としての意味を正確に説明しようとするとなかなか簡単ではありません。前提となる基礎知識を確実に理解し、それらを積み上げて新しい概念を理解していくことが必要になります。改正のスピードが速い会社法だからこそ、付け焼き刃な知識ではなく、根底に流れる「考え方」を習得することが真の理解へのいちばんの近道であると学ぶことができました。
もちろん、授業では最新のトピックも扱います。しかし、それらも細かくみると基礎的な知識の集合体であったりします。ニュースで報道されるような企業買収の事例を、自分の持っている知識を組み合わせて理解できたときは、達成感を感じます。



会社法だけではなく、物事を理解する手法として

社会に出て様々な仕事に関わっていく上で、会社法の知識は不可欠であるように思います。ただ、会社法は企業の活動と組織に関する規範としての性質上、扱う範囲が広く、基礎の基礎まで深く掘り下げた学習をすることは、学生時代にしかできないと思います。会社法の学習を通して、物事を突き詰めて考える力が養われたように感じています。いま、日本にも国際標準化の波が押し寄せ、私たちを取り巻く環境も大きく変化しています。基本に立ち返って考える力が求められる時代ではないでしょうか。

3・4年生の授業 現代東南アジア論

開いた地域としての東南アジアを考える

山本信人(やまもと・のぶと)教授
担当授業:現代東南アジア論


山本信人(やまもと・のぶと)教授

他者理解としての地域研究

地域研究とは他者の生活する特定の地域への理解を深める作為です。理想的には、他者理解のためには言語を修得することから始まり、食生活や文化や慣習、そして政治・社会・経済制度などを学習して、その上で他者の考え方への想像力を磨く必要があります。言うまでもなく一朝一夕では他者理解はできず、じっくりと腰を据えて他者(そして自己)と向き合う必要があります。地域研究を極めるという理想の実現には時間がかかりますが、授業を介して少しでも他者理解の機会を学生諸君に提供したいとぼくは考えています。



東南アジアへの視角

ぼくの担当する科目は現代東南アジア論です。東南アジア地域は11個の国民国家が存在します。しかし東南アジアはその11カ国で閉じているのではなく、他の地域や国家や人との密接な関係性を有する開いた地域です。なかには国民国家への帰属を意識しないで生活している人びともいます。長く劇的な人の流れの歴史をもつ東南アジアは一筋縄では理解できない魅力が満載です。ぼくの講義では、空間的な地域、時間的な地域、そして実態としての東南アジアを複眼的に理解する試みをしています。それを通して、開いた地域としての東南アジアの軌跡と行く末について考える機会としています。



英語を介した東南アジア

少人数の演習形式である特殊研究では、東南アジア地域に関する文献を介して他者理解の仕方を学生諸君とともに模索します。英語文献を主体にし、英語で授業をおこないます。英語で書かれた歴史、政治、社会、文化に関して知識の塊を紐解き批判的に読み込むことで、自分なりの問いと東南アジア理解が形成されます。英語で考えることは日本(語)的な理解から自らを解放する作業でもあります。英語は他者との共通理解への道を切り開き自らを相対化するツールです。英語を介した東南アジア地域研究はそうした可能性を秘める作業であると考えています。

自らに問い、自らを知る。

政治学科


政治学科

高校の勉強とはまるっきり異なる

「積極的に行動すること」は大切だと思い、心がけてきたつもりでしたが、山本先生の授業を受けて実はそれが出来ていないということに気づかされました。山本先生の授業は知識を得ることではなく、知識を得たうえで考えることが中心です。高校生のときは無意識下に知識の獲得を重視してしまい、授業態度も受け身になっていましたが、山本先生の授業を受けたところ、自分は今まで「学んでいるつもり」になっていただけだったことを自覚しました。というのも、私は当初授業中に発言をすることができなかったからです。しかし、何らかの発言をすればそれについて他の人の意見を聞くことができ、自分とは異なる考え方を知るチャンスを得ることができます。また、質問を通して自身の理解を確認することもできます。
「間違ったらどうしよう」と考えるのは自分の行動を制限するだけで、何も得られません。自ら考え行動して「学び」を掴みとりにいく姿勢が求められる山本先生の授業を通し、学問への姿勢を根本的に見直すことができました。



自分を知ることは相手を知ること

学習や研究を行う上では、事前に自分の興味関心を明確にしておくことが重要です。私はそれを「自分について知ること」だと考えています。実はこれは他者を理解する上でも必要です。先生の授業では事前に読んだ英語文献に関する自身の疑問点について英語で議論しますが、私の場合英文を読むこと以上に、疑問点を出すことが難しいと感じました。その原因を追求した末に辿り着いたのは、文章を読むことにばかり気を取られていて自分がどう考えているかに無関心だったという事実でした。理解とは、相手をそのまま受け入れることではありません。自分との相違点を見つけることが疑問を抱くきっかけになり、疑問を抱くことは相手を深く知ることにつながります。このような学問的な領域にとどまらず実生活にも活かせる知見を得ることができるのもまた、山本先生の授業の魅力です。

自分の頭で考え、自分から行動する

政治学科学生


「自分の疑問」を持つ

「自分の頭で考え、自分から行動する」。
これは、言葉にすれば非常に簡単なことのように聞こえ、大学生にもなったら自然とそのような能力は身に付いているようにさえ思ってしまいます。しかし、実際には決してそうではないことを真っ先に自覚させられるのが、この山本先生の授業の特徴といえます。
というのは、この授業では、予め英語の課題文献を読んだ上で、自分の疑問点を用意しておかなければならないのですが、その「自分の疑問」というのが、自らの知識の有無によるものではなく、「なぜ著者はこの事実関係からこういった論理を導き出そうとしたのか」「著者がこのような主張を行うのには何かしらの前提条件があるのではないか」といった自ら考えた結果生まれたものでなければならないからです。このような疑問を持つには、著者の論理に呑み込まれない批判的な視点で文献を読むことが重要となってきますが、いざやってみると、そういった視点を持つことは非常に難しいことがわかります。常に自分の頭で「なぜ」「どうして」を繰り返す作業は、高校時代までの詰込み型の授業の中ではなかなか身に付かないものだからです。



求められるのは「自ら行動すること」

さらに山本先生が求めるのはそのように「自分の頭で考える」ことだけではありません。この授業は英語でディスカッションするのですが、そこでは自らが意見を発言しなければ90分間何もしないまま授業が終わってしまいます。すなわち、そこで求められるのは、「自ら行動すること」であり、それは、英語の発音の良し悪しや流暢さではなく、話そうとする姿勢なのです。これもまた高校までの受け身の授業の中ではなかなか学べないものです。
このように「自分の頭で考え、自分から行動すること」ということは、決して学業の面に収まらず、今後社会に出てからも必要とされる能力であると思います。ただの知識の詰め込みではなく、そういった根源的なものを学べる、それが山本先生の授業なのです。

3・4年生の授業 公共経済論

国を動かす財政を理論で分析

麻生良文(あそう・よしぶみ)教授
担当授業:公共経済論 I ・II


麻生良文(あそう・よしぶみ)教授

政府部門の経済分析

この講義では、政府活動の根拠や、租税や公債による財源調達が民間の活動にどのような影響を与えるかを論じます。
国防や警察活動等の国の基本的な役割を民間部門に委ねられないのは当たり前ですが、公的な年金・医療保険は民間の保険で代替できないのでしょうか。太陽光・風力発電に補助金をつけて優遇することは正当化されるのでしょうか。電気・ガスの供給を地域独占会社に任せるのではなく、この分野にも競争を導入させるべきなのでしょうか。あるいは、そもそも、民間でできることは民間に任せるべきなのでしょうか。こうした問題は、そこに「市場の失敗」があるかないかに還元して考えることができます。



望ましい政策を考えるための理論

さて、政府活動の財源は租税や公債発行によって支えられています。こうした政府の財源調達活動も民間の活動に影響を与えます。例えば、所得税は個人の労働意欲や雇用に影響を与えると考えられます。消費税の増税前に、住宅や自動車等の駆け込み需要が発生したのも記憶に新しいと思います。もちろん、租税が経済活動に与える影響だけを議論していても不十分です。望ましい税制とは、単に経済活動に与える悪影響を最小化するだけではなく、同時に公平面にも配慮する必要があるからです。
また、現在の日本では、財政赤字の問題も深刻です。今後、日本の人口は急速に高齢化していくため、年金・医療等の社会保障支出の大幅な増加が見込まれています。このため、日本の財政赤字は、表面的な数字以上の深刻さを抱えています。
望ましい政策のあり方を考えるためには、単に事実の経過だけ追っていても十分ではありません。理論を学ぶ必要があるのです。

社会保障制度を経済学の視点から

政治学科


政治学科

公共経済学を学ぶきっかけ

私は"障害や難病を抱えた時に我々は国への救済に希望を持ち生きようとし、それに応えるのが社会保障制度である"と考えていましたが、日吉で履修したある講義から果たして社会保障は必要としている人々に平等に働いているのだろうかと疑問が生まれ、政府の政策について関心を持ちました。しかし、どんなしくみを機能させるにも財源は不可欠です。政策自体を議論する前に、持続可能な経済社会を支える社会保障の財源の課題やあり方を学ばなければ問題の本質はみえてこないと思います。公共経済学はまさにその本質に迫ることのできる学問であると知り、麻生ゼミで社会保障を経済学の視点から学ぼうと決めました。



ゼミでの学び

学術的な知識が絶対的に不足している私にとって、経済学をベースとする領域の研究には少し不安がありました。しかし、麻生ゼミの特徴は、基礎理論の習得を重視することにあり、麻生先生が経済理論をじっくり丁寧に講義くださったおかげで、ミクロ経済学の応用という側面をもつ公共経済学を体系的に捉えることができました。その後は、共通テーマでの文献講読をし、著者の議論に対して各自が的を絞った論点で討論を重ねていきます。このことにより、他者を説得するには論理以外には頼らないとう姿勢と批判的に読み解くことの重要さを学びました。また講義の中で、市場の失敗とその解決策、それらの施策の基準について教えていただきましたが、この観点を持てば、卒論でどんなテーマも取り上げることができるので期待通りでした。



公共経済学を学ぶ意義

「日々の報道を追いかけていくと問題に精通したかのように思ってしまいがちだが、世間的な常識は間違っていることが多く存在している」という麻生先生の言葉の意味が講義から理解することができました。それは公共経済学を学ぶ意義でもあると思います。公共経済学的な視点が問題解決の中で必要な本物を見分ける力になるのだと考えます。

基礎の反復が、得た知識以上の成果に繋がる

政治学科学生


経済学を学ぶきっかけ

昨今、テレビやネットには政治経済の情報が溢れています。一方で比較的自由な大学生活を送る私にとって、とりわけその動向を探ることなどありませんでした。しかし受動的に情報を手にすることは私に「ともすればマスコミの意見に迎合しがちな人間になってしまうのではないか?」という一つの疑問を生じさせました。主体的に政治経済について知り、批判的に考えられるようになりたい、そう思ったことが経済学を学ぶ出発点でした。



公共経済学を学ぶ意義

ただ興味に駆られて学ぶのではなく、目標をもって学びたい。グレゴリー・マンキューは経済学を学ぶ意義を次のように述べています。
1) 自分が暮らしている世界を理解するため
2) 経済へのより機敏な参加者になるため
3) 経済政策の可能性と限界を有権者としてよりよく理解するため
麻生ゼミで取り扱う公共経済学は、政府の政策や制度を経済学的に分析する学問です。つまり公共経済学を学ぶことはまさにマンキューの述べる3つの意義をもつものだと思います。今年度の研究会では、年金や医療制度・アベノミクス経済政策についての論文を執筆しました。国の経済政策や制度を分析し、よりよく理解することで、主体的に政治に参加する人になり得るのだと考えます。



自分の意見を発信する

ミルトン・フリードマンという異端の経済学者は意見を発信し続け、彼の変動相場制・政府機関の民営化といった理論は現在の常識ともいえるほどになっています。私も公共経済学を研究して現存の政策や制度に意見を発信できるようになりたい。
麻生先生の言葉の中に、「最初の段階での集中的なトレーニングには『収穫逓増』の効果がある」という文句があります。すなわち基礎の反復が、得た知識以上の成果に繋がるということです。講義や読書を通して知識を深めつつ、共に学ぶゼミの中でしっかりとアンテナを張り巡らせて視野を広げ、自分の言葉をもって発信していきたいと感じています。

3・4年生の授業 経済法

実務での需要性が増す経済法

田村次朗(たむら・じろう)教授
担当授業:経済法


田村次朗(たむら・じろう)教授

経済は競争である

市場経済の本質は競争です。競争があるからこそ、企業はよりよい製品やサービスを作り続けなければなりません。そしてビジネスの競争は、新しいアイデア、発想そして技術を生み出していくものなのです。このダイナミックで常に変化し続ける市場の原動力が競争です。逆に、競争がなくなれば市場経済は崩壊してしまいます。そこで、競争を守らなければなりません。それが、経済法の役割なのです。



競争はどうやって守るのか

では、競争を守るためにはどうすればいいのでしょうか。経済法では、企業同士が競争を勝手にやめてしまうこと、すなわち競争の停止(カルテル、談合)と、ライバルを不当な手段を使って市場から追い出してしまう競争者の排除という二つの行為に注目します。さらに、合併の審査や、不公正な取引方法の禁止、下請業者を保護する下請法や、商品の表示を偽ることを防止する景品表示法も取り扱います。このように経済法は、市場における競争に関わるあらゆる現象を取り扱っていると言ってもよいのです。



経済法は楽しい

たとえば、経済法を学ぶことで、なぜ、定価、希望小売価格あるいはオープン価格という表現の使い分けが重要になるのか、新日鉄と住友金属がグローバルに競争するために合併すると発表したときに、公正取引委員会がなぜそれを慎重に審査するのか、といった問題の本質を理解することができます。このように経済法では、企業戦略やマーケティングのメカニズムが手に取るようにわかるようになります。また経済法の議論には経済学の考え方が反映されているので、経済学の理解も深まるわけです。
経済法は、実務での重要性が増しています。にもかかわらず、経済法専門の弁護士はまだまだ少ないのが実情です。経済法を身につけると、ビジネス・ロイヤーとして活躍する機会が増えるだろうと思います。

経済法の観点から競争政策を考える

法律学科学生


非常にエクサイティングな講義

経済法の講義では、日本の独占禁止法がいかに事業者間の協調行為や独占行為を規制しているのかを学びます。言わば、「ビジネスの現場でどのような法リスクが存在しているのか」を学ぶわけです。田村先生は実際のケースを例に挙げながら分かりやすく説明してくださるので、その講義は、非常にエクサイティングです。たとえば、新日鉄と住友金属の合併問題やGoogleとYahoo!の検索エンジン統合問題等ホットな話題を積極的に取り上げてくださるので、いつの間にか、田村先生の講義にのめり込んでしまうことが多々ありました。



時代を反映する法、正解のない解への追求

田村先生の講義では、学生自ら「考える」姿勢が非常に重要となります。なぜなら、田村先生は、経済法の具体的事例を通じて、その事例の本質や背後にある考え方を講義されるので、学生にも考えて理解することを要求されるからです。
そこで、先生は、考える材料を学生に与え、「問題を解決する為には今後どうしたらよいか」について問い掛けます。私は、田村先生の講義により、決まりきった正解を暗記するのではなく、時代毎の企業活動の変遷を理解し、その背後にある思想を理解することの重要性を学ぶことが出来ました。
一言で言えば、「考える」講義。それが、田村先生の経済法の講義でした。



新たな時代に自身の視点で立ち向かう

私は田村先生の講義を受ける中で、経済法の観点から競争政策や市場の在り方を思考し続けました。結果として、以前と異なる視点が身に付いたことに気付きます。たとえば、大企業のM&Aに関する記事を見ると、公取委がどれ程の規模のM&Aを容認しているかを指標に日本の今後の競争政策を考えるようになりました。
グローバル化が進み、あらゆる分野で目まぐるしい変化が訪れる時代。多角的に社会を理解できるようになる為、今後も様々な経験を通じて考え抜き、多くの視点を体得したいと考えています。

3・4年生の授業 現代政治理論

新しい方法で民主主義を分析する

河野武司(こうの・たけし)教授
担当授業:現代政治理論Ⅰ・Ⅱ


河野武司(こうの・たけし)教授

市民が真の意味で主役となるには

現代の社会において格差の拡大を肯定する人はいないでしょう。それにも拘わらず、構造改革の名の下に進められてきた政府の諸政策が、格差の拡大をもたらしているのが現状です。弱肉強食というジャングルの論理が支配する市場中心の自由競争社会に国民を放り出すことが果たして政治の役割でしょうか。
このような問題意識から本講義ではまず春学期において、現代の代議制デモクラシーに関する様々な理論について紹介し、そこで議論されている機能不全とそれが起こる理由を検討しています。基本的には、合理的選択アプローチという従来の政治学にはない新しい方法から、民主主義を分析した諸理論を取り上げています。
秋学期においては、春学期で検討した代議制デモクラシーの機能不全を、いかに解消しうるかについての制度的方策と人的要素について検討しています。エリートによって主導される民主主義ではなく、市民が真の意味で主役となれる新しい民主主義の形態・制度について考察するわけです。具体的には、インターネットという新しい情報メディアを利用した市民によるより直接的な政治参加の方法と、競争社会ではない共生社会に相応しいより利他的な個人をいかに育成できるかを検討しようというものです。



講義の進め方は講述と板書

私は今日はやりのパワーポイントを使った授業は行いません。講述と板書という伝統的な方法の授業です。それは学生諸君にノートを的確にとることによって、自分だけの教科書を作って欲しいという願いからです。自分が作った自分だけの教科書を、簡単に捨てる人はいないでしょう。講義の概要を記したレジュメなど、人から与えられたものは容易に捨て去ることが可能です。しかしそれは同時に勉強したことを捨てているのと同じことです。さらにはより理解を促進するために、一方的にこちらが話をするだけではなく、必要に応じて受講生に対して質問を投げかけることで、対話を心がけています。
学生の皆さんは、「良き師、良き友、良き本」という三つの出会いを通して、大学という知的ワンダーランドを満喫して下さい。

多くのひとの政治参加が大切

政治学科学生


民主主義の機能不全に驚く

河野先生の講義は、現代政治理論という講義名通り、現代における政治理論を著名な政治学者や経済学者を取り上げながら行われていくものでした。特に印象に残ったことは、政治と経済の密接な関係です。政治学者が革新的な思想を世に啓蒙し出すとき、背景としての当時の経済状況はもちろん、○○主義と呼ばれる経済学が一体どういった仕組みのもので、政治に如何に活かされるのかをつなげて理解しないと政治は語れないものだと改めて納得しました。
また、政治においてベターな仕組みだと捉えていた民主主義の機能不全には大変驚かされました。講義を通して、どんなに賢く能力のある人間が考えても、決して完璧な政治機能は生まれないからこそ、一人でも多くのひとが話し合って考えて政治に参加しなくてはいけないとわかりました。また、政治への閉塞感やリーダーの不在という現実的な社会問題を、広く政治学的に見られるようになったと思います。目先の政治とカネの問題や官僚体系の腐敗を批判するのでなく、今までの政治学的な流れからどうして今現在のような問題が噴出してしまうのか、施政が上手くいかなくなる一方なのはなぜか、自分なりに政治理論を辿って考えて答えを出せるようになりました。



物事の本質に目を向けたい

社会に出てからも、物事に対して疑問を持ち、本質的なことに目を向けるようにしていきたいと思います。河野先生は講義でよく答えが一つでないような疑問を投げかけて下さいました。それは私たちが日常において、ともすれば聞き流してしまうニュースの一端であったり、表面的な批判しかしないようなトピックだったので、卒業後は見聞きする情報を疑ってみて、きちんと考えてみたり調べてから意見が言えるようになりたいと思います。そして機会があれば、経済学を学びたいと思います。なぜなら、経済と政治は切っても切れない関係であり、ある程度政治学において専門的に学びたいことのめどが立ち、その知識を得た上で特に関係してくるであろう経済学を学ぶと効果的だと思うからです。

3・4年生の授業 国際政治論

おもしろさは"正解"の先にある

田所昌幸(たどころ・まさゆき)教授
担当授業:国際政治論(国際政治経済論)


田所昌幸(たどころ・まさゆき)教授

国際政治学はニュース解説ではない

この研究会では国際政治学全般を取り扱いますが、国際政治学の範囲はきわめて広範でその手法も実にさまざまです。学生の期待もさまざまなので、いつも以下の二つのことを強調しています。一つは、国際政治学はニュース評論とは違うので、テレビのニュース番組のような鮮度の高い情報を得ることを期待している学生はがっかりするだろうということ。学問の固有の役割は、簡単に言えば深く考えることによって結論を出す営みであり、出来合の知識を要領よく憶えることではないからです。
二つ目は、社会科学の方法論は、自然科学よりもはるかに不安定でそれ自身が学者の間で論争になるが、ここではごくごく常識的で伝統的な手法でアプローチするということです。社会科学の王道は歴史と哲学なのだというのが私の立場で、そのうち哲学は、私は専門家とは言えませんが、外交史はそれなりに勉強してきたので、このゼミでもそれを基本に授業を展開しています。



学問は面白くなくては

こう書くと、硬いイメージがするでしょうが、学問は実は知的にわくわくするような営みであり、偏差値競争に最適化している学生を、知的に活性化することができれば、ほとんど私の仕事は終わりだと割り切っています。ほとんどの慶應の学生は、情報を吸収すること、マニュアルを理解し適用することといった、普通高校までの教育で求められることについては巧者なので、「正解」のある問題を「解く」ことは学生任せでよいのだろうと私は思っています。
しかし、学問の醍醐味は実はその先にあるのです。国際政治はもちろん、我々にとって大問題の多くには確たる「正解」はないことの方が多い。正解が判らなくとも我々は何かを選ばなくてはならないときも多いが、歴史は先人たちのさまざまな選択を数多く教えてくれるものです。歴史はさまざまな問題に見事な「正解」を与えてはくれません。しかし、思いも寄らぬ帰結や、そんな考え方もあったのかという発見には事欠きません。そのおもしろさを感じることができれば、情報の集め方や細かな分析手法などは、常識的な知性で十分だと私は考えています。

深く考え、自分の言葉で語る

政治学科学生


議論を通じて自分の言葉を獲得

田所ゼミの一番の特徴は、"深く考え、自分の言葉で語る"事に主眼を置いている事です。田所先生には、ゼミはやみくもに専門的な知識を詰め込む場ではなく、ゼミ生がお互い"自分の言葉"で議論をする事を通して知的な意味で楽しめる場所を目指して日々ご指導を頂いています。
私は田所ゼミに入って、"深く考え、自分の言葉で語る"力が身についたと実感しています。ゼミでは毎週行われる発表に向け、各自が文献を読み込み、歴史の事件が持つ意義や国際政治に与えた影響など、議論に値するテーマを探して討論をしていきます。
文献から得た知識をただ発表するのではなく、そこで自分が疑問に感じた事、興味深いと思った事、他のゼミ生ともっと議論を深めていきたいと思った事などについて発表をする事で、"物事を深く考え、自分の言葉で語る"という習慣がつきました。



他者の言葉で新しい視点を得る

とはいえ、深く考える為にはまず歴史の経緯や当時の国際政治の流れなど、文献を読み込んだ上で様々な観点から物事を見る必要があると思います。その為、発表する前には何冊もの文献を読みあさり、議論をするに値するテーマを探します。
このように、専門的な知識を自分が納得のいくまで研究する事のできる環境というのは通常の授業では得難い、ゼミの魅力であると思います。他のゼミ生の発表を聞く事で、自分にはない視点に気づく事ができ、"深く考え、自分の言葉で語る"力を養う中で、専門的な知識の習得も自分が納得のいくまで深めていける場であると思います。
一方でゼミの大変さは、先輩との討論にあると思います。既に1年間田所ゼミで鍛えられた先輩方と討論をする際は、先輩方の視野の広さや自分の考えを明確に伝える力の強さに圧倒される事もしばしば。しかし、同時に先輩方との討論を通して様々な角度から物事を検証する事が出来、非常に大きな刺激を受けながら成長できると思います。今後は尊敬する先輩方を目指し、さらに専門的な知識を深め上で、深く考え、自分の言葉で明確に伝えられるような人になりたいと考えています。

ヴィクトリア大学(カナダ)留学

苦難の先にひらけた世界

法律学科


法律学科

インテンシブコースで刺激を受けて

海外経験を積みたいという漠然とした意思を、確固たる目標へと変える引き金になったのは、大学入学後のスペイン語インテンシブの初回授業でした。教室の扉を開けた途端、聞こえてきたのは流暢な英語だったことは、今でも忘れられません。数人に話を聞いてみると、帰国子女や海外経験の豊富な学生ばかりであったことが察せられ、境遇の違いとはいえ同い年でここまで語学力に差がついていることに愕然とし、大いに刺激を受けました。大学卒業後は民間企業に就職し、いずれ海外へ出たいという思いがあった私は、自由度の高い在学中に留学と実践的な海外経験を得ることを決意しました。そこで、3年生の秋学期から1年間の留学を想定し、2年生の夏頃から、実用的なビジネスのコースがある大学を中心に留学先選びを始めました。海外滞在経験は皆無であったため、英語圏の中でも発音に癖が少ないといわれるカナダを選びました。中でもヴィクトリア大学(UVic)には、社会経験のある現地の方々と留学生を混合させたクラスを修了することでインターン経験も積めることに魅力を感じ、UVicを留学先に決めました。大学選びと並行し、編入条件のTOEFLスコアを満たすため、特に大学の講義を想定した英語の勉強に力を入れました。



ディスカッションとグループ発表漬の日々

渡加後、大学では毎日ディスカッションとグループ発表の時間が設けられ、前日に最大100ページほどの予習が必要な日々が続きました。睡眠時間を削り予習に充てる体力的負担もさることながら、自分がディスカッションで思うように発言できず、チームに貢献できない状況を直視し、精神的に辛い日々が続きました。それでも負けず嫌いな性格で何とか食らいついてゆくと、徐々に説得力ある発言が出来るようになり、これに比例して授業後に話を聞き支えてくれる仲間が増えてきました。カナダはモザイク国家といわれるように、様々な民族性を持つコミュニティが多く存在します。学業外でそうした人々と関わることは、英語力の向上はもちろん、文化交流としても大変貴重な経験でした。帰国後、就職活動に当たり留学生活を振り返った際に、クラスでディスカッションが出来ずにもがいたあの時こそが、自分の成長のきっかけとなり、逆境を跳ね返す強さが身に付いたと感じています。卒業後は日系企業で社会人としての第一歩を踏み出しますが、国境の枠にとらわれずに実力を発揮できる人材になりたいと考えています。

ベルゲン大学(ノルウェー)留学

人との交流で「豊かな」人間になれた

政治学科


政治学科

ガーナ滞在で研究課題が見えてきた

世界中の誰一人として同じ人生を歩まないように、留学に対する考え方も十人十色であると私は思います。留学中に勉強に熱中する方もいれば、クラブに通い詰める方もいます。私の場合、留学とは途上国の勉強をする場であり、また、日本では会えない方々と交流する場でありました。
そもそも、私が留学を志したきっかけは、大学1年生の夏にガーナに滞在した経験です。ガーナにおいて現地の方々のエネルギッシュな生き方に驚かされた一方で、ガーナが抱える様々な問題を目の当たりにしました。例えば、医療、衛生、食料の問題や、警官の汚職問題などです。そして、次第に、何故このようなことが起こるのだろう、これらの問題の根本的な原因は何なのだろうと、考えるようになりました。そこで私は、途上国が抱えている問題の本質的な原因に少しでも迫りたいと考え、途上国に関する研究に力を入れている大学への留学を決意しました。
ガーナからの帰国後、私はさっそく慶應義塾大学の交換留学プログラムに応募し、ノルウェーのベルゲン大学へ留学することが無事決まりました。当時、とても嬉しかった反面、ノルウェーについてはサーモンが美味しいということしか知らなかったため、不安でもありました。



学生人権団体での活動で経験できた多くの貴重な出会い

そんな不安を抱えつつ、私はノルウェーに渡ったのですが、着いてみると、本当に美しい国で驚きました。特に私が住んでいたベルゲンは、海と山に囲まれた楽園のような街でした。
ベルゲン大学においては、比較政治学、行政学、組織論、経済学、文化人類学、地域研究といった、本当に幅広い角度から途上国について学ぶことができました。また、授業以外では、ベルゲン大学に設置されていたCMIという途上国問題に特化した研究機関で行われているセミナーを聴講し、学問的にとても充実した時間を過ごすことができました。
課外活動の面では、学生人権団体に所属し、日本では会うことが難しい方々と数多く会うことができました。中でも印象に残っているのが、ムバラク大統領をブログで批判したために警察に捕まり、死刑判決を受けた後、アムネスティーの働きかけにより解放されてノルウェーに逃亡したエジプト人と話したことです。その時、私は無性に自分が情けなく、小さく感じたのを鮮明に覚えています。
こういった様々な経験を経て、自分が「成長」できたかどうかは正直わかりません。しかし、留学したことによって、自分がより「豊か」な人間になれたと自信を持って言えるので、かけがえのない経験だったと感じています。

法科大学院(ロースクール)

授業を使いこなすことが合格への道

法務研究科


法務研究科

法律学の奥深さ・多彩さに引きこまれて

この冊子を手に取られている方のほとんどは、法律学についてまだ具体的なイメージを持っていらっしゃらないと思います。とっつきづらい、やたら種類があって難しそう、六法重そうで嫌だな、といったところでしょうか。ここで断言すると最後まで読んでいただけなさそうで怖いのですが、大方そのイメージで合っています。
私も、そのようなイメージを抱いていた一人で、日吉の2年間は何を専門に学ぶかも決めないままただ漠然と日々の授業をこなしていましたが、3年次に三田に移るにあたってロースクール進学への気持ちを強くさせてくれたのが、北澤安紀ゼミ(国際私法)への入会でした。毎週ディベート、月1回提出する4000字のレポート、夏休みには共同論文の執筆など、とにかく多くの文献を読み、自分の頭で理解し、文章化する一連の作業の繰り返しという、これぞ大学というような環境の中で、初めて学ぶ科目を、初学者しかいない同期で議論を手探りで組み立てながら勉強するうちに、実際これを使って事件を解決していきたい、関連科目ももっと勉強したい、と改めてロースクール進学という進路を意識するようになりました。



授業自体が良質なペースメーカー

授業の多くは、事前に設問形式の問題が配布され、各自が予習を済ませていることを前提に、先生の質問に学生が答えていくことで知識の精度を確かめるような形式となっています。先生が何を聞いているのか全く分からなかったり、的外れな解答をしてそのまま家に帰りたくなったりすることも多々ありますが、基本的には先生が誘導して下さるので、自分がどこまで理解できているかがクリアになります。また、クラスメートの回答を聞くのも非常に勉強になるため、独学では得難い学習効果があると感じています。
さらに、慶應のロースクールは授業が数・内容ともに非常に充実していますし、授業の合間に少人数で自主的にゼミを組んで定期試験や司法試験の問題を解いて添削し合うことも盛んに行われています。司法試験に合格された先輩方も、何より授業についていくのが大事と皆おっしゃっていたので、今は安心して、毎日の授業で出来る限りのことを吸収して自分のものにするよう、頑張っています。