博士課程院生研究紹介

エラスムスの思想世界
河野 雄一

本研究テーマに関する発表

発表者氏名
(著者・講演者)
発表課題名
(著書名・論文名・演題)
発表学術誌名
(著書発行所・講演学会)
学術誌発行年月
(著書発行年月・講演年月)
河野雄一 「エラスムス『パネギュリクス』における戦争と平和」 西洋中世学会「若手交流セミナー」 2009年10月11日
河野雄一 Erasmus’ View of War against the Turks GCOE-CGCS 国際シンポジウム 2010年3月6日
河野雄一 「エラスムス『対トルコ戦争の考察』における寛容と限界」 西洋中世学会「若手交流セミナー」 2011年8月30日
河野雄一 「中世の継承者としてのエラスムス: 1520年代の論争を通して」 西洋中世学会第4回大会 2012年6月24日
河野雄一 「ブルゴーニュ公国とエラスムス政治思想」 第11回ブルゴーニュ公国史研究会 2012年7月9日
河野雄一 「中世の継承者としてのエラスムス: 1520年代の論争を通して」 西洋中世研究第4号 2012年12月
河野雄一 「エラスムスにおける善悪・運命・自由意志」 新プラトン主義協会第20回大会 2013年9月21日
河野雄一 「エラスムス『ヒペラスピステス』第二巻における「適宜的功績」と「応報的功績」――ルター『奴隷意志論』における『自由意志論』批判への応答の一側面――」 第2回バロック・スコラ哲学研究会 2014年3月1日
河野雄一 Clemency and its Limitation in Erasmus’Thought: The Possibility of Improvement in a Temporal Reprieve グルノーブルセミナー 2014年3月10日
河野雄一 「エラスムスにおける寛恕と限界―― 時間的猶予における改善可能性――」 『法學政治學論究』第100号 2014年3月
河野雄一 「エラスムスにおける寛恕と限界」 西洋中世学会第6回大会 2014年6月21日

研究成果実績の概要

 本研究は、各学問分野の統一的解釈が難しいと指摘されている16世紀に圧倒的影響力を及ぼした人文主義者エラスムスの思想世界の解明を目的とする。当該研究は、とりわけ我が国において翻訳・研究なども活発とは言えないエラスムス後期思想をその主な内容としており、エラスムスや彼に代表される人文主義、ひいてはルネサンス思想の固有の意味を思想史的に明らかにすることがその学術的意義である。

(1) 研究の目的・背景
 本研究の目的は、政治思想、神学思想、教育思想を包括するエラスムス思想世界の解明である。エラスムスは、周知のように16世紀を代表するルネサンス人文主義者であるにもかかわらず、とりわけ我が国において「澗底の松」たる「知られざる人物」(沓掛良彦)となっており、翻訳・研究なども活発とは言い難い状況にある。また、エラスムス研究は、ブルース・マンスフィールドの研究史によれば、政治学、神学、文学など各分野の統一的解釈が難しいと指摘されており、宗教改革期以降の人文主義の動向の解明は思想史研究史上の課題となっている。こうした背景をもとに、本研究は、研究史を踏まえながらも、エラスムスにおける矛盾を放置した方がよいとするマンスフィールドの見解に対して新たな解釈を試み、統一的視点から彼の思想世界の包括的理解を目指すものである。

(2) 研究の内容・業績
 本研究は、宗教改革以降のエラスムス後期思想をその主な内容としている。本研究はすでに、1520年代における保守的カトリック神学者、ルター、キケロ主義者との論争過程においてエラスムスが一貫して人文学を擁護し、エラスムスが中世思想史やキリスト教的雄弁の継承者としての側面を有していたことを明らかにしている(「中世の継承者としてのエラスムス――1520年代の論争を通して――」、『西洋中世研究』第4号、2012年、170‐184頁)。また、中間的存在として捉えるその人間観から、聖書解釈における善悪の問題、宇宙論の変化の過程での占星術批判や運命観、恩寵と自由意志の問題を考察することによって、「魂の向け換え」というプラトン主義的要素の人間形成的側面において、エラスムス政治思想が教育学的意味を胚胎するものであったことを示し(「エラスムスにおける善悪・運命・自由意志」、新プラトン主義協会第20回大会@慶應義塾大学、2013年9月21日)、時間的猶予における改善可能性を特徴とする彼の「寛恕」論に着目することで、国内統治における死刑、国際関係における戦争、神学的救済論における神の審判を扱って、その限界において現出する権力作用としての「政治」を析出し、キリスト教教義と政治権力の緊張対立関係というエラスムス政治思想研究史上最大の論点の問題解決に貢献した(「エラスムスにおける寛恕と限界――時間的猶予における改善可能性――」、『法學政治學論究』第100号、2014年3月)。さらに、「適宜的功績」(meritum de congruo)と「応報的功績」(meritum de condigno)を取り上げることで、ルターが当該功績概念に基づいてエラスムスをペラギウス主義と曲解して批判し、エラスムスがスコトゥス主義のこうした概念を擁護も論駁もしないとしながらも、それへの共感を示して自説の補強に最大限利用しようとしたことを明らかにすることで、エラスムスとルター両者による中世思想史における連続と断絶の一側面を見出した(「エラスムス『ヒペラスピステス』第二巻における「適宜的功績」と「応報的功績」――ルター『奴隷意志論』における『自由意志論』批判への応答の一側面――」、第2回バロック・スコラ哲学研究会@慶應義塾大学、2014年3月1日)。
 こうした論文や研究発表における業績のほかに、本研究は、マンスフィールドによる20世紀のエラスムス研究史のみならず、『美徳の追求についての弁論』、『パネギュリクス』、『暴君殺害』、『こがね虫』、『リンガ』、『ヒペラスピステス』第一巻、同第二巻、『キケロ主義者』、『トルコ戦争論』、『教会和合論』といったエラスムス未邦訳著作の下訳をすでに完成させている。現在、『コピア』訳出や、『リンガ』を中心とした言語論に着目することで、中世キケロ主義との異同を通して、言語と統治の関係を検討し、彼の実存的問題関心を浮き彫りにする研究が進行中である。

(3) 研究の意義
 本研究の学術的意義は、エラスムスや彼に代表される人文主義、ルネサンス思想の固有の意味を思想史的に明らかにすることである。また、『ヒペラスピステス』、『トルコ戦争論』、『教会和合論』といった後期著作を検討することで、中世や初期近代を専門とする者が極めて少ない政治思想史という学問分野それ自体に貢献するのみならず、宗教改革史などの歴史学や地域研究をはじめとした他領域の学問分野に対する示唆を提供して学問的要請に応えることが期待され、研究の副産物として現代的レレヴァンスが見出されることにもなる。さらに、彼の生きた初期近代が中世と連続する時代であり、古典復興の時代でもあったことから、本研究は、西欧近代のみならず中世や古代の意味を逆照射するとともに、マキアヴェッリやホッブズに代表される近代政治思想のメインストリームとは異なる思想的系譜をエラスムスに見出すことで、従来の西洋政治思想史の見直しの契機となる可能性を胚胎するものである。

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