博士課程院生研究紹介

現代国際法学における法主体概念
山口 美帆

研究成果実績の概要

 本研究は、現代国際法学における国際法主体の概念について理論的な問題点を明らかにすることを最終的な目標とするものであり、次のような問題意識に基づいている。
 現代の国際社会においては、国家だけでなく、国際機関や個人、多国籍企業、NGO等の様々な主体が国境を越えて活動しており、それらが重要な役割を演じることも少なくない。このような現実に対して、現代国際法学では、国際法はもはや国家間関係のみを規律するものではなく「国際法主体は拡大している」という認識が浸透しつつある。このことは、国家間の関係のみを対象としていた伝統的な国際法学と大きく異なる点である。
 しかしながら、現代国際法学において国際法主体は拡大しているという新たな認識が広まる一方で、その基礎理論においては依然として、国際法主体は伝統的な国際法理論と同様に、「国際法上の権利義務の(直接の)帰属者」と定義されている。そして、その定義に国家以外の主体が合致するか否かという問題は議論されないままとなっている。つまり、事実認識が現代的であるにもかかわらず、法理論は伝統的なままとなっており、両者の間に齟齬が生じているのである。そして、このような齟齬が解消されないまま、現代国際法学における所謂「国際法主体の拡大」を巡る議論が次々と展開されているのである。
 以上のような問題意識の下、本研究では、現実に合致した法理論を構築するための前提的作業として、現代国際法学における国家以外の主体の役割やその国際法上の地位について先行研究においてどのように論じられているのかを考察している。現在考察の対象としているのは、「文化遺産の国際的保護」の分野である。この分野に着目する理由は主として次のような点にある。まず、この分野では多くの場合において、保護の対象となる文化遺産は第一義的には国内的に保護されるものであり、その保護のための規範は、国家間関係を規律するという性格を殆ど有さないという点が挙げられる。また、文化遺産の国際的保護には様々な主体がかかわっているという点もまた、同分野を考察対象とする所以である。
 本年度は、このような研究の一環として、Silvia Borelli and Federico Lenzerini (eds.), Cultural Heritage, Cultural Rights, Cultural Diversity: New Developments in International Law (Martinus Nijhoff Publishers, 2012) の書評を執筆した。来年度の雑誌掲載を目指している。本書は、文化遺産に関する国際法について19の論考を纏めたものである。各論考が扱う題材は、文化多様性や無形文化遺産、水中文化遺産、文化財の返還、文化的景観の概念等々、多岐に渡る。このような多様な題材を取り上げている本書の書評を執筆したことは、次の通り本研究にとって大変有益であった。文化遺産に関しては、本研究においては既に2011年に論文を発表しているが(拙稿「文化遺産の国際的保護における国際法観念―伝統的理論と現代的言説の狭間で―」『法学政治学論究』第90号)、これは平時における有形・不可動の文化遺産の国際的保護に考察対象を限定したものであった。これに対して、本年度書評を執筆した書籍においては、例えば、無形文化遺産や可動の文化財の返還問題、さらには水中文化遺産といった幅広い題材について国際文書や事例の検討が行われているため、本書の書評執筆作業を通して本研究の視座を広げることができた。さらに、本書からは次のような興味深い点が看取された。即ち、文化遺産の国際的保護という同一分野内であっても、取り上げる題材によってかかわってくる主体や各主体のかかわり方が異なるようであるという点である。
 本研究では、書評の執筆からこのような示唆を得て、さしあたり、各々の差異が顕著であると予想される次の3つの分野について考察を続けている。無形文化遺産と、可動の文化遺産、水中文化遺産の3分野である。各分野については、関連する条約や事例を中心に検討し、関連する多様な主体がどのような形で国際法に規律されているのかを明らかにすることを試みている。検討にあたっては、とりわけ、国際法による規律が直接的であるのか、間接的であるのか、また、多様な主体を規律する法源が何であるか(例えば、条約であるのか、所謂ソフトローであるのか、等)、といった点に焦点を当てている。この他にも、将来的には、「人類の共同遺産」の概念や、文化多様性の概念、さらには文化と人権の関係性等についても検討していきたい。そして、文化遺産の国際的保護の分野における国際法主体について包括的な一本の論文に仕上げたいと考えている。
 以上のように、本研究では、現実に合致した現代国際法理論の構築のための前提的作業として、文化遺産の国際的保護を素材としながら、現代国際法学における法主体概念を巡る諸問題について検討している。

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