博士課程院生研究紹介

トルーマン政権の対中政策の変化と冷戦の関係
李 錫敏

研究成果実績の概要

 私が取り組んでいる研究は、1945年から1950年までのアメリカのアジア政策を、その政策の基調、すなわち、「政策の根底にある基本的な考え方」がどのように変化したかに注目することで、現在まで論争が続くアジア冷戦の起源に関するより説得力のある説明を試みるものである。
 本研究の主張は、同時期におけるアメリカのアジア政策の基調が、「ローズヴェルトの戦後構想」から「冷戦」へと変化したということである。「ローズヴェルトの戦後構想」は、アメリカのイデオロギーに基づいた世界秩序を構築することによって、アメリカの安全保障を確保することを目的としていた。そして、その目的を達成するための手段として、「四人の警察官」構想と呼ばれる米英中ソの協力体制の構築を図った。世界規模の戦争は大国によってのみ行われると認識していたローズヴェルトは、戦後において大国となりえるソ連やイギリスを4ヵ国の協力体制下におくことで、両国にアメリカが主導する戦後世界秩序を受け入れさせようとした。それと同時に、戦後植民地から独立する国家が、アメリカが主導する世界秩序に組み込まれるように、信託統治という形で独立過程を管理しようとした。
 しかし、「ローズヴェルトの戦後構想」には二つの前提条件が存在しており、それは戦後におけるソ連の変化と、中国の「大国化」であった。その中で戦後におけるソ連の変化という前提条件は、「冷戦」と密接に関係していた。ローズヴェルトはソ連が戦後、共産主義から社会主義に、そして最終的にはアメリカに類似した国家へ変わることを期待し、宥和とも言える対ソ政策を展開した。しかし、それは失敗し、両国は対立し続けた。そしてその結果として「冷戦」が始まった。
 したがって、本研究では「冷戦」を本質的に米ソ両国の対立として認識するが、それは権力闘争とイデオロギー競争という二つの側面を持っていたと主張する。権力闘争は、軍事的な脅威としての相互認識を意味しており、東欧におけるソ連の勢力圏の拡張をアメリカが軍事的脅威として認識することで始まった。イデオロギー競争は、米ソ両国が主導する形での自由主義と共産主義の競争を意味しており、ソ連によるブレトン・ウッズ体制への参加拒否と、1946年2月のスターリンのモスクワ演説によってソ連が戦後にも共産主義国家であり続けることが明らかになったことで始まった。
 もうひとつの前提条件である中国の「大国化」は、卓越した大学院拠点形成支援補助金による研究員として行った、「トルーマン政権の対中政策の変化と冷戦の関係」という研究に関連するものである。ローズヴェルトは中国が戦後日本の敗北に伴いアジアで生ずる空白にアメリカが主導する秩序を構築・維持するとともに、4ヵ国の協力体制においてアメリカの優位を確保するための役割を果たすことを期待していた。しかしそのためには、中国が「大国」にならなければならなかった。この認識を引き継いだトルーマン政権のアジア政策も対中政策を最も重要視し、国共内戦の調停を成立させることによって中国の「大国化」を達成しようとした。したがって、トルーマン政権の対中政策は、「ローズヴェルトの戦後構想」を基調とするものとして始まったといえる。
 1947年に入ると、マーシャル・ミッションの失敗によって、中国の「大国化」が事実上失敗したことが明らかになりつつあった。アメリカは失敗の原因として蒋介石の率いる国民党政権の無能や腐敗を指摘し、中国問題に距離をおくことにした。当時、蒋介石はソ連による中国共産党への支援を強く主張したが、アメリカはそれを認めなかった。そのかわりに、国務省は中国の代わりとなる国家を探し始め、アジアの経済発展における日本の重要性が強調されるようになる。このような事実から、この時期においてもアメリカの対中政策の基調は「ローズヴェルトの戦後構想」であったと言える。
 1949年10月には中国が共産党によって統一され、中国共産党は「向ソ一辺倒」を主張する。アメリカは、それがアジアにおけるソ連の勢力圏の拡大をもたらすと認識し、対応策として中ソ離反を目的とするNSC48を作成し、それを達成するために対中宥和政策を展開した。それが対ソ封じ込めを目的とするものであったことは明らかであり、したがって、この時期になってはじめて、アメリカの対中政策の基調が「ローズヴェルトの戦後構想」から「冷戦」へと変化としたといえる。それに続いて1950年10月に中国が朝鮮戦争に参戦すると、同戦争をソ連が画策したものだと認識していたアメリカはソ連と中国を同一視するようになり、中国に対しても封じ込め政策を展開することになった。
 本研究は上記の研究以外にも、アメリカの対日占領政策の転換、アメリカによる開発途上地域に対する技術援助計画(ポイント・フォア計画)、朝鮮戦争とNSC68の関係などに関する分析を行っている。

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