博士課程院生研究紹介

スターリン批判とモンゴル人民共和国の政治過程 ―ソ連の影響下におけるモンゴル指導部の権力闘争を中心に―
オユンバートル・ムンヘジン

本研究テーマに関する発表

発表者氏名
(著者・講演者)
発表課題名
(著書名・論文名・演題)
発表学術誌名
(著書発行所・講演学会)
学術誌発行年月
(著書発行年月・講演年月)
オユンバートル・ムンヘジン スターリン批判とモンゴル人民共和国の政治過程 北海道大学『スラヴ研究』61号 2014年6月に掲載見込み

研究成果実績の概要

研究背景
 モンゴルの政治と外交は長い間、ソ連の大きな影響の下にあった。特に、1930年代からスターリンとの密接な関係を築いていたチョイバルサン元帥は、スターリンを崇拝し、その政治手法を模範に政治を行ったと考えられている。このことは、ソ連で行われたスターリン批判がモンゴルに与えた衝撃の大きさを想起させる。そこで、本研究はスターリン批判期に注目し、この時期のモンゴルの政治過程を検討するものである。特に注目するのは、この時期にモンゴルの指導者として登場したツェデンバル(Ю.Цэдэнбал1916〜1991年)の権力掌握過程である。

先行研究検討
 ツェデンバル時代のモンゴルの政治闘争を通してソ連=モンゴル関係を論じた先行研究は以下の二つに大別できる。第一にモンゴル内政史の面に重点を置いている研究であり、第二にモンゴル外交に論点を置いた研究である。このうち前者のモンゴル内政に注目した研究としては、まず、特定の政治家の伝記を中心にした研究がある。たとえば、歴史家ジャンバルスレンの『世紀の大使』、歴史家ボルドバートルの『ダンバ伝記』と『ブムツェンド伝記』がある。しかし、これらの研究は歴史的な人物と研究者が同郷であることが多く、客観的分析というより主観的記述に流されている。次に、モンゴル政治に着目し、ソ連の影響を述べる研究として、ナヂロフの『ツェデンバル1984年』、在モンゴルイズヴェスチアの特派員を務めたシンカレフの『ツェデンバルと彼の時代』、ダシダワーとボルドバートルの共作である『改革のための運動とその運命』がある。これらの文献のなかで本研究の問題意識にもっとも近いのはナヂロフの文献である。同書は、モンゴル内政に対するソ連の影響を生々しく論じているが、基本的にツェデンバル時代の末期に注目するものである。確かに、ツェデンバル末期の権力闘争は重要で、それ自体として研究すべきテーマであるが、ソ連=モンゴル関係史において革命時以来最も大きな転換点であった1950年代を研究しない限り、両国関係の基本的体質は明確にならないであろう。
 他方、モンゴルの外交問題に力点を置いている研究としては、ソニーの『中ソ間のモンゴル』、坂本是忠の『モンゴル政治と経済』、『辺境をめぐる中ソ関係史』が挙げられる。こうした研究の中で本研究にもっとも近いものとしては、ソ連=モンゴル外交関係に注目した寺山恭輔の『1930年代ソ連の対モンゴル政策』とソニーの『モンゴルソ連関係』が重要である。寺山の研究はノモンハン事件に至るまでのソ連の対モンゴル政策を描いており、ソ連史料の利用面で抜きんでている。しかし、同研究はモンゴルの国内政治闘争を分析しておらず、また、本論文が対象とする時期以前を対象としている。これに対してソニーの研究は、政治、経済、社会、教育の広い面においてソ連がモンゴルに大きな影響を及ぼしていたことを指摘している。しかし、同研究は、本研究が対象とする政治闘争について踏み込んだ議論をしていない。また、政治面の分析において実証的記述が不十分なため、ソ連がモンゴルにどのように影響を及ぼしたのかについても検討が不十分である。

研究目的
 筆者は、以上のような問題点を踏まえ、モンゴル国内政治闘争の過程を検討することでソ連がモンゴル政治に及ぼした影響を分析する視角を切り拓きたいと考えている。言い換えれば、本研究の目的はモンゴルの内政と外交の連関に着眼することでスターリン批判前後のソ連=モンゴル関係を再検討することである。これにより、ソ連=モンゴル関係史のみならず、東アジアの冷戦史の解明につながるはずである。

分析の材料と資料
 本研究が依拠した史料について言及すると、この時期のモンゴル内外政にまつわる資料は、依然として十分に公開されていない。そのため、本研究の分析も回顧録などに多くを依っている。とはいえ、本研究ではこれまでほとんど明らかにされてこなかったモンゴル人民革命党の公文史料館史料を可能な限り利用した。その他、モンゴル外務省史料館、モンゴル科学アカデミー付属国際関係研究所とロシア国立社会政治史文書館が合同編集したロシア、モンゴル関係の史料を利用した。また、その他にモンゴルの新聞等定期刊行物も利用した。

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