博士課程院生研究紹介

国家目標規定の法的意義
石塚 壮太郎

本研究テーマに関する発表

発表者氏名
(著者・講演者)
発表課題名
(著書名・論文名・演題)
発表学術誌名
(著書発行所・講演学会)
学術誌発行年月
(著書発行年月・講演年月)
石塚壮太郎 「国家目標規定と国家学――その基本権制約ドグマーティクへの照射」 法学政治学論究97号 2013年6月
石塚壮太郎 「社会国家・社会国家原理・社会法――国家目標規定の規範的具体化の一局面」 法学政治学論究101号 2014年6月掲載予定

研究成果実績の概要

 国家目標規定とは、国家が目指すべき目標を定めた憲法規定であり、その具体例としては、ドイツ基本法(連邦憲法)20条1項の社会国家原理(社会的安全および社会的正義の追及)や、同20a条の環境・動物保護条項がある。その特徴は、日本国憲法学において議論されている社会権や環境権のように、(国家に対する個人・集団の)○○への権利という形――すなわち、主観的権利として――ではなく、「国家は○○を保護・促進する義務がある」という形で――つまり、客観法的に――規定している点にある。
 そのような規定(国家目標規定)形式の選択が意味を持つのは、第一に、保護されるべき法益が必ずしも個人的法益に還元しえない場合である。例えば、ドイツ基本法20a条により保護されるべきとされる「環境」は、個人の利益に解消されえない「公共財」であり、これを権利(基本権)形式――実体的環境権として――で規定すると、その規範内容が著しく縮減することになって本来的に保護しようとしている「公共財としての環境」が視野から外れてしまうか、逆に、本来基本権によっては賄いえないような内容が規範内容として取り込まれて基本権に過剰な理論的負荷がかかる、あるいは――権利主体・名宛人・内容からなる――基本権の条件プログラム的性格(要件―効果図式)が相対化される恐れが生じる。ドイツでは、州憲法も含め、保護法益の性質(個人・集団的利益か、公共的利益か)が、規定形式(基本権型か、国家目標規定型か)を選択する際の重要な要素となっている。その意味では、国家目標規定は、公共の福祉(みんなの利益)のうち、特に重要な部分について、国家がそれを実現することを義務づけるものといえる。第二に、国家目標規定という規定形式の選択は、基本権の場合と比べて、規律強度を下げよう、ひいては(憲法)裁判所による統制を少なくしようということを含意している場合がある。国家目標規定は、国家が目指さなければならない目標を定めるのみで、どのようにしてそれを実現するかについては何も述べていない。特にその実現手段や達成度の選択については、広範な「立法者の形成の余地」が生じる。ある種の問題については、憲法上の規律強度を高めて、裁判所の統制を強めると、社会状況の変化に対応できなくなって頻繁な憲法改正が必要になったり(それに付随して憲法に対する信頼度が低下したり)、立法者が(憲法)裁判所の言いなりに憲法を執行する機関に矮小化されてしまったりすることがある。例えば、社会問題や環境問題は、憲法上取り組むことが要請される重要なテーマではあるが、これを憲法上詳細かつ強固に規律してしまうことの弊害もまた存在する。国家目標規定は、憲法上、それらを全く規律しないことも、規律しすぎることも回避し、そのどちらにも転ばないような「尾根歩き」を実現する規定形式である(R.ヴァール)。
 以上のように仕組まれた国家目標規定には、二つの機能がある。すなわち、基本権制約機能(重要な公共の福祉の一部としての国家目標規定)と、国家目標実現機能(立法・解釈指針としての国家目標規定)である。第一に、国家目標規定は、――法律の留保の下で――基本権制約を正当化する。公共の福祉には、①他者の人権に基礎を持つ法益、②その他の憲法条項に基礎を持つ法益、③立法者が定立した法律レベルの法益に区別することができるが、国家目標規定によって規定された法益は、原則的に少なくとも②に分類される(その効果として、③による場合よりも広範かつ強度の基本権制約が正当化される可能性がある)。もっとも、国家目標規定によっては、②に分類されるとは必ずしも言えないようなものも存在する。私見では、例えば、ドイツ基本法20a条に追加された動物保護条項がその一つで、判例等の分析からしても、当該条項の追加によって動物保護の法益的重要度が増加した(③から②へ移行した)とは考えられない。その理由は、国家目標「動物保護」が、そもそも国家目標の名に相応しい実体を備えていないことにある。あるテーマが重要な公共の福祉に分類されるべき国家目標かどうかは、国家学的観点から判断されるところ、動物保護は、社会国家や環境国家の実現と比して、いまだ国家学上の重要性を獲得できていない。そのことが基本権制約をどの程度正当化できるかの違いに、影響を及ぼしているのである。第二に、国家目標規定は、立法・行政・裁判を通じた、当該国家目標の実現を要請し、その立法・解釈にあたっての指針として機能する。「指針」というだけあって、国家目標規定の具体的な規律内容はそれほど多くはないが、他方で、全く「内容空虚」なものでもない。例えば、国家目標「環境保護」は、環境保護の実現手段に関わる、環境法における幾つかの一般原則を憲法上の部分原則として受容している。この点では、立法者に対する手段的な観点からの指示が憲法レベルで存在しうることが確認できる。私見では、例えば、社会国家原理の最小限の内容(人間の尊厳に値する最低限度の生活の保障)に加え、社会国家原理の前提にある伝統的な「社会国家」像や、今現在、社会国家原理を実現している(広義の)社会法から、部分的に社会国家原理の規範内容を獲得することも可能である。この点については、連邦憲法裁判所の関与も存在するところである。
 国家目標規定の意義を考える際には、その前提にある国家学的考察や、国家目標規定を現実に実現している一般法律上の規律から考えていく必要がある。今後も、いくつかの分野において、(国家学上の)国家目標と、(憲法上の)国家目標規定との関係を探っていくことにしたい。

戻る

研究・教育の最先端より