博士課程院生研究紹介

情報提供義務違反に対する救済と契約解釈の接合に関する一考察
大塚 哲也

研究成果実績の概要

 本課題に関する本年度の研究においては、主としてフランス契約法に関する近時の議論を対象としながら、「契約の成立」と「契約の履行」という契約法上の基礎的な区別の意義に関する検討を行った(この問題に関する近時の議論をまとめた詳細な論稿として、O. PENIN, La distinction de la formation et l’exécution du contrat, Contribution à l’étude du contrat acte de prévision, thèse, LGDJ, 2012. Préf. Y. LEQUETTEを参照)。

 従来の契約法理論においては、契約の成立と履行は截然の区分されており、一定の成立プロセスを経て成立した契約がその後の履行プロセスの中で履行されるという枠組みが強固なものとして確立されていたが、フランス法における近時の判例及び学説の動向においてはこのような枠組みそのものに対する問い直しがなされている。具体的には、契約における代金額の決定方法をめぐる議論(とりわけ、破毀院大法廷1995年12月1日判決(Bull. civ. I, n° 7 et s.)に関連する議論が重要である)や瑕疵担保責任の性質論(破毀院民事第1部1996年5月14日(Bull. civ. I, n° 213)や破毀院民事第3部2004年11月17日判決(Bull. civ. III, n° 206)参照)、情報提供義務及び安全配慮義務をめぐる議論(情報提供義務をめぐっては、M. FABRE-MAGNAN, De l’obligation d’information dans les contrats, Essai d’une théorie, thèse, LGDJ, 1992. Prèf. J. GHESTIN参照)などを通じて契約の成立と履行の関係の問い直しがなされているが、そこでの議論においては、契約の成立と履行を区別する伝統的な枠組みに対して批判的な見解とこれを擁護する見解との対立を見て取ることができる。すなわち、一方で契約の成立と履行を峻別する伝統的な枠組みは様々な観点から見て破綻を来しており実務においては十分に機能していないという否定的な評価がなされているのに対して、他方では、この区別の理論的な意義を肯定的に評価し実務においても十分に機能していることを実証しようとする見解も主張されているのである。

 このような契約の成立と契約の履行の区別をめぐるフランスでの議論は、わが国における契約解釈や情報提供義務をめぐる近時の議論との関係でも極めて示唆に富むものであると考えられる。なぜなら、わが国における契約解釈をめぐる議論においては、契約締結の前後に生じた様々な事由が契約解釈という枠組みを通じて柔軟に契約内容に取り込まれることが承認されており、その点で、契約の成立と履行の区別が十分に意識されてこなかったのではないかと考えられ、また、情報提供義務をめぐる議論においても、これを契約の履行段階における障害の問題として理解する見解と契約の成立段階における障害の問題として捉える毛ないとが対立しているように、契約の成立段階の問題と履行段階の問題との区別は極めて分かりにくいものとなっていると考えられることから、この区別について改めて検討を加えることがわが国の契約法理論の深化のためには必要不可欠であると考えられるからである。そして、わが国において従来より「契約締結上の過失」の問題として把握されてきた様々な類型の紛争も契約の成立をめぐる問題と契約の履行をめぐる問題との区別を前提にその整理がなされなければならないものと思われる。このような分析を基礎とした上で、本研究における中心的なテーマである情報提供義務違反に対する救済を契約解釈の枠組みの中に位置づけるという問題についてもより精緻な理論を確立できるものと考えている。

 以上に述べたような契約の成立と契約の履行の区別に関する問題に関して今年度行うことのできたフランス法の分析は未だ不十分なものである。そのため、現時点では以上の研究の成果を公表するに至ってはいないが、今後更なる検討を深めた上で、この分析がわが国の議論に与える影響についてまとめ、可能な限り速やかにその成果を論文の形で公表したいと考えている。

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