博士課程院生研究紹介

ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの政治思想
三田 悠仁

本研究テーマに関する発表

発表者氏名
(著者・講演者)
発表課題名
(著書名・論文名・演題)
発表学術誌名
(著書発行所・講演学会)
学術誌発行年月
(著書発行年月・講演年月)
三田悠仁 Herder et le « multiculturalisme » Workshop at Sciences Po Grenoble 2014年3月10日

研究成果実績の概要

 この度の第一の研究成果はグルノーブル(フランス)で行った報告である。RAの研究においては、博士論文においても対象として扱う18世紀後半ドイツの思想家、ヨハン・ゴットフリート・ヘルダーの思想、とりわけフマニテート概念に重点を置いたが、グルノーブルにおける報告では、特にフランスの政治的文脈を意識しながらヘルダーの思想が現代にもたらす意義について考察した。以下、フマニテート概念の研究成果とグルノーブルの報告の概要・研究関連性について述べる。
 まず、フマニテート概念について。ヘルダーがこの概念を人間における最高次の状態と述べていることから、先行研究においてこの概念は個人ないし共同体における普遍主義的・理想主義的概念として解釈されてきた。これは、民族の「純粋性」や偏狭なナショナリズムを称揚した民族主義者という誤ったヘルダー像とも、「多文化主義の先駆者」という誤ったヘルダー解釈とも相容れない。既にヘルダーを専門とする研究者からは前者のヘルダー像、すなわち悪しきナショナリストとしてのヘルダーという像の誤りは指摘されている。これは、ヘルダーが民族の固有性を称揚しつつも、固有性とその価値を(彼の属していた)ドイツに限定せず、あらゆる民族に認めていることと、特定の恣意的な基準に基づいてそれらの価値に優劣をつけることを彼が拒んだことを考慮すれば妥当だと思われる。他方で、後者のヘルダー解釈、すなわち「多文化主義の先駆者」という解釈は、ヴィッキ・スペンサーが論文・著書を通じ近年(ヘルダーに関する著書の出版は2012年)提示したものであるが、これについても根本的な欠陥が存在する。というのも、彼女の解釈はヘルダーの生きた時代や背景を無視するものであり、彼女のように現代政治理論で盛んに論じられる多文化主義論の嚆矢としてヘルダーを捉えるのは、現代の視点から研究対象を歪曲・矮小化してしまう時代錯誤(アナクロニズム)だと考えられるからである。
 この度の研究における成果は、フマニテート概念を再検討することで上述の二つの誤った解釈と異なる解釈を提示したことである。すなわち、「多元・一元的」解釈である。多文化主義は国家内に存在する少数派民族・集団の権利を積極的に擁護しようとするものであるが、この根底には歴史的抑圧に対する補償という考え方と文化相対主義的視点がある。これに対しヘルダーの思想はそのどちらも存在しないという意味でもスペンサーの議論は妥当性を欠く。特にスペンサーはヘルダーが様々な文化の多様性を擁護したことに注目するが、実際は、ヘルダーには部分が全体を規定し全体が部分を規定するという複雑な思考様式が存在し、多元的な側面だけからヘルダーを捉えるのは不適切である。ここで重要になるのがフマニテート概念である。フマニテートは既述の通り人間の最高次の状態であるが、それは個人の最高次でもあり、民族、さらには人類全体の最高次でもある。そしてヘルダーによれば、これは個人・民族・人類が自らの最高が何であるのかを解釈することによって目指していく目的である。「全体と部分」の思考とフマニテートを組み合わせて考えると、多元的に存在する目的は絶えず各解釈主体によって変化するが、全体としてみれば一つの目的を据えていく(これも可変的である)という、複雑な変化‐統合の形が生じる。これこそがヘルダーの「多元・一元」論である。
 次にグルノーブルでの報告について。報告では、上述のフマニテートの「多元・一元的」な性質を念頭に置きつつ、フランスを二分した共和主義・多文化主義の議論に新たな視座の導入を試みた。共和主義は一元的に国民を同化する傾向が強く、多文化主義は多元的に国民を分裂させる傾向をもつ。両者は根本的に両立不可能な立場ではあるが、国民を強制的に同化することもなく、分裂へと至ることもない「第三の道」があるとすれば、それは、ヘルダーの「多元・一元的」観点から方向づけられるものだと考えられる。すなわち、一方で多元的に国民の中に存在する(たとえば「エスニック」な)集団を認めていきつつも、他方で国民の統一を維持するという方向性は、「全体と部分」の観点を個人・民族・人類というカテゴリーから複雑に構想していったヘルダーの思想によってより明確に打ち出していけるだろう。これがヘルダー研究とグルノーブル報告の架橋点であり、本RA研究の成果である。

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