博士課程院生研究紹介

カール・シュミットの国家理論に関する研究
長野 晃

研究成果実績の概要

 国法学者カール・シュミットの政治思想に関して、同時代の政治史と関連付けつつ検討した。分析対象としたのは、主として1923年から1927年までに公刊された憲法および国内政治に関するテクスト、とりわけ、『現代議会主義の精神史的状況』、国法学者リヒャルト・トーマとの概念論争の産物である「国家概念との関係における現代デモクラシーの概念」、『国民投票と国民請願』である。この時期は、シュミットが同時代の法学者・国民経済学者・社会学者・神学者から様々な問題意識を吸収し、主著『憲法理論』の根幹をなす様々な分析枠組を生み出していくという点で、シュミット思想を歴史的に再構成する上できわめて重要である。本研究は、シュミットが同時代の政治状況を批判するためにリベラリズムの観念をいかに戦略的に活用しているのかに着目することにより、シュミットを反リベラルと見なす解釈が十分に考慮に入れていない側面を明らかにすることを目的とした。
 リベラリズムとデモクラシーの対立図式を尖鋭化させた『現代議会主義の精神史的状況』において、リベラリズムは、討論および公開性の原理に基づく理念的議会像を描き出すためだけにとどまらず、諸権力の均衡という観点から議会の権限拡大を批判するために用いられる。とりわけ後者に関しては、議会が設置した戦争責任に関する調査委員会を同様の論法を用いて批判したエーリヒ・カウフマンの『調査委員会と国事裁判所』との対応関係が認められる。またトーマとの論争においては、デモクラシー概念において国民が直接政治的決定を下すという要素を強調することによって、代議制デモクラシー概念が抱える矛盾が指摘される。こうした問題意識は、直接デモクラシーの可能性と限界を主題化した『国民投票と国民請願』に受け継がれる。この著作においてシュミットは、ライヒ諸機関の対立を解決するシステムとして国民投票を描き出し、デモクラシーをリベラリズムの均衡観念の範囲内で理論化することを試みる。加えて、リベラリズムとデモクラシーの対立という観点から財政問題が扱われ、同質性の欠如した社会においてデモクラシーがもたらす階級対立の激化が警戒の対象となる。以上の分析から明らかにされたのは、シュミットには、安定した政府の確立のために、諸権力の均衡を中核とするリベラリズムの原理を援用するという側面が存在するということである。もっとも、その一方で、階級対立を克服するための手段としてリベラリズムが無力であるという消極的評価も消えることはなく、こうした両義的な姿勢の理解が、「政治的なものの概念」を中心としたその後の理論展開を考察する上で不可欠となる。なお、本研究成果に関しては、将来、論文として公表する予定である。
 本研究は、シュミットの国家理論の包括的解明を目指す研究の一部である。シュミットはワイマール期以降、内政・外交状況に由来する国家の不在に危機意識を持ちながら、独自の政治思想史解釈や「政治的なもの」の概念の使用を通じて国家を論じた。ワイマール末期に至るその過程は、国家学として構想された「政治的なものの概念」に始まり、国家と社会の区別の自明性が消失した全体国家状況の理論化、ヘーゲル以降のドイツ国家学史の再解釈、「政治的なものの概念」の書き換え作業へとつながっていく。上で論じたようなリベラリズムが克服の対象と見なされ、ファシズムへの接近傾向が生じるのも、こうした過程の中で論じられなければならない。シュミットの政治思想のこのような展開を、近年公刊が進んでいる日記や書簡を用いて歴史的に再構成することにより、ワイマール期に展開された「政治に関する知」としての国家学の一端を政治史との関わりにおいて明らかにすることが期待される。

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